ちゃんと『好き』だと言えたなら

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ちゃんと『好き』だと言えたなら

「好き」 「軽い」 「好きだっ」 「まだまだ」 「…大好きだ!」 「はいダメー。全っ然ダメ。ぺらっぺらだね」 「そう言われてもなぁ…。だって俺誰かを好きになったことなんてないし」 「じゃあ俺のことも好きじゃないの?」 「好きだよ多分、だからさっきから言おうとしてんのに」 「多分?多分なのか?だからぺらっぺら過ぎて全然伝わんないんだってば」 「だって人を好きになったことが…あれ、」 「なに」 「いや、やっぱり違うのかも」 「は?」 「やっぱ『好き』じゃないのかもしれない」 「はあ?」 「てか『好き』じゃなきゃ駄目?何でそんなこだわるの」 「いや重要だろ」 「重要かな」 「このやろう…『好き』じゃなきゃ何なんだよ」 「…何だろ」 「くっそいい加減にしろ!じゃあ結局どうでもいいんじゃんか!」 「どうでもよくないよ。どうでも良かったらここまでしない」 「くっ…!訳分かんねぇ!じゃ逆に嫌いなのか?!」 「そんなわけない。嫌いなら家にも入れたりしない」 「じゃ結局何なんだマジで!てかいい加減これ外せよ!」 俺が動くと手首からがしゃりと音が鳴った。普通に生活していたらまずなかなか聞くことがない、乾いた金属音がだだっ広い部屋に響く。 「やぁだよ」 「なんで!」 「ねえ、」 ぎし、と軋む音がしたかと思うと、それまでベッド脇に座っていた彼がこちらに這い寄ってくる。大きくふかふかのベッドは俺以外の体重を受け取って深く沈んだ。 真っ白なベッドに真っ黒な服がやけに映える。人形のように無機的な美しい顔が近づき、俺の上に覆い被さってきた。 「『好き』って、どういうこと?」 唇に吐息がかかる程の距離で、身体中に甘い低音が響く。そのあまりの甘やかさに思考能力が、奪われてゆく。 「分かんない、」 「分かんないの?」 「分かんねぇよ、そんなの」 「そうだね。俺もやっぱり分かんないや」 長い睫毛が目の前で揺れる。さらりと垂れ下がった黒い髪が頬に当たってくすぐったい。悪戯に俺を覗き込む瞳は、どこまでも黒くてブラックホールみたいに吸い込まれてしまいそうだ。 ちゅっと軽い音を鳴らして唇が合わせられる。 再び真正面で見上げた真っ暗な瞳の中にひとつだけ、星が光った。 「でもね…『好き』かどうかは分かんないけど、離したくは、ない」 「…それはこの状況からひしひしと伝わるわ。嫌でも」 「俺の前以外で笑ってるのも、やだ」 「…だからいきなり連行されたわけか」 「でも泣いてるのも、やだ」 「お前の前でも?」 「理由によるけど。きみが悲しかったり痛かったり、苦しかったりしてるとすごく痛い。俺が、痛いからやだ」 文学部のくせに、語彙力が小学生並みに低下している。 だけどだからこそ、ストレートで分かりやすくもあるんだが。 「なぁ、よく分かんないって言ったけど、それが『好き』ってことにはなんないの?」 「多分、違う」 「えぇ…じゃあ何なのもう」 「分かんないから、一緒に考えよう?死ぬまで」 「重い」 「ごめん間違えた。死んでも、ね」 「…重過ぎるわ」 星が、輝きを増して更に近づいた。 チカチカと眩しすぎて目眩がしそうだ。 「開けろ」と言わんばかりにぺろりと唇を舐められ仰せのままに緩く口を開ければ、暖かい彼の一部が遠慮なく咥内に侵入してきた。 「…ふっ、ん…」 互いの呼吸を分け合うように深く深く口づける。 俺が動く度にがしゃがしゃと響く金属音。ベッドに繋がれているとはいえ、きつく縛られているというわけではない。ちょっと頑張れば手錠から手を抜くことも出来そうなほど緩く結ばれたそれは、俺を試しているような気がした。 逃げたいのなら、いつでも逃げていいよと。 手錠の上から、細長い指がそっと俺の手首を握る。カサついたその手が少し震えているのが可笑しくて、思わずふっと息を吐いて笑ってしまった。 こんな物理的に縛りつけなくても、俺はもうお前から離れられないのになぁ。 ぐーっきゅるるる… 「うぁ…」 腹から元気な声がした。そういや昨日の晩いきなり連れ去られてからずっとこのまんまなんだった。とにかく恥ずかしくて布団に潜り込みたいのに、両手首の二つの拘束がそうさせてくれない。 真っ赤な顔を見られたくなくて、無駄だと分かっていながら必死に首を横に振る。 「ふっふはは、あはは」 さっきまで無表情だった彼が、俺の上で声を上げて笑い出した。笑いながら俺の肩に顔を埋めたりするもんだからどうにもくすぐったくてしょうがない。 耳元に熱い息がかかる。背中がぞわりと興奮に震え、触れられている箇所がどうしようもなく熱を持っていくようだ。 この距離じゃどうしたって、心臓の音が丸聞こえになってしまう。 普段中々崩れない無機質な美しさが、俺の前でだけこんな風に破顔する。 他の奴に知られたくないのは、俺も同じだなぁ。 「笑うな!腹減ってんだからしょうがねぇじゃん!」 「ごめんごめん。俺のせいだもんね、すぐご飯にしよう」 笑い過ぎた彼の目には少し涙が滲んでいた。ゆっくりと半身を起こし、口角を上げたまま俺を見下ろす。 「おう。その前にこれ、外してくんない?」 「やぁだ」 「…このやろ」 幼い子供みたいに無邪気に笑う、真っ黒な瞳の中の一等星。 こんなガラクタの鎖なんかよりずっとずっと強い、だけど心地よい力で俺を縛りつけて離さない。 …歪んでるのかなぁ、俺もこいつも。 「あとであーんしてあげるね」 「寝るときには外せよな」 「いいよ?俺のこと、ちゃんと『好き』って言えたらね」
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