38人が本棚に入れています
本棚に追加
/117ページ
「気付いてしまったのですよ」
梅雨入りも近い初夏の、ある土曜日。
雲がぷかぷかと浮かぶ空の下、日差しの柔らかい午後。
カクレは今日も『僕』の木陰にいる。
普段どおり、幾つか他愛ない話をした後、彼女は突然真剣な顔を僕に向けた。
飄々とした笑みを見慣れているだけに、この表情は少し珍しい。
脈絡のない彼女の行動に呆けていると、カクレは真顔を崩さず言葉を続けた。
「君の感情というものは、そこそこ単純だと思っていたのですが……案外そうではないのかもしれないと、近頃思うことがありましてな」
カクレの鋭い言葉にドキリとする。
彼女が初めての交際相手と別れて、まだ間もない。
その間の僕の葛藤や、僕の彼女への思慕そのものを、此処最近の間に見破ったとでも言うのだろうか。
もし『特別』を恐れるカクレが、僕の気持ちの『特別』に気付いてしまったら。
その思いを向けられることに恐怖するのではないか。
そして、僕に近寄ることを躊躇うのではないか。
一瞬浮かんだ嫌な想像は、気分の良いものではなかった。
ううんと唸っていると、カクレは僕を覗き込むように凝視する。
「……なんて」
そう言って彼女は、見慣れた飄々とした笑みを浮かべた。
「そう言われて、君は今、どう思いましたかな?」
最初のコメントを投稿しよう!