春の章*問わず語り【続いていく物語】

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「気付いてしまったのですよ」  梅雨入りも近い初夏の、ある土曜日。  雲がぷかぷかと浮かぶ空の下、日差しの柔らかい午後。  カクレは今日も『僕』の木陰にいる。  普段どおり、幾つか他愛ない話をした後、彼女は突然真剣な顔を僕に向けた。  飄々とした笑みを見慣れているだけに、この表情は少し珍しい。  脈絡のない彼女の行動に呆けていると、カクレは真顔を崩さず言葉を続けた。 「君の感情というものは、そこそこ単純(シンプル)だと思っていたのですが……案外そうではないのかもしれないと、近頃思うことがありましてな」  カクレの鋭い言葉にドキリとする。  彼女が初めての交際相手と別れて、まだ間もない。  その間の僕の葛藤や、僕の彼女への思慕そのものを、此処最近の間に見破ったとでも言うのだろうか。  もし『特別』を恐れるカクレが、僕の気持ちの『特別』に気付いてしまったら。  その思いを向けられることに恐怖するのではないか。  そして、僕に近寄ることを躊躇(ためら)うのではないか。  一瞬浮かんだ嫌な想像は、気分の良いものではなかった。  ううんと(うな)っていると、カクレは僕を覗き込むように凝視する。 「……なんて」  そう言って彼女は、見慣れた飄々とした笑みを浮かべた。 「そう言われて、君は今、どう思いましたかな?」
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