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約束の翌日。
カクレは昼過ぎに僕の元へとやって来た。
その手に一冊の本を携えて。
「……木が主人公の物語というのも、あるものなのだね」
「小さな頃に読んだことを思い出しましてな」
誇らしげな顔で彼女は胸を張る。
そしてベンチに腰掛けると、本の表紙を掲げてみせた。
僕のそれとは違う、人の手のように五方向に開いた、黄色い葉っぱのシルエット。
簡素な表紙は、しかし僕の気を不思議な程惹きつけた。
「絵本、かい?」
「そうですな。『葉っぱのフレディ』という名作です。まあ、木というよりは、葉っぱが主人公なのですがね」
そう笑って、カクレは小さな本の頁を捲った。
朗々と読み上げられる物語には、主人公の『葉っぱ』が経験する四季が、鮮やかに、優しく描かれていた。
植物と、人間。
植物としての人間への接し方。
植物としての、終わりと、始まり。
カクレが全てを読み終えた後も、僕は暫く言葉を発することができなかった。
その言葉は、確かに人間が考え、人間の言葉で語られた物語だった。
しかし、共感できる心理描写に圧倒される。
著者は僕にとってのカクレのように、樹に寄り添って、その気持ちを読み取ろうとして、あのような物語を創ったのだろうか。
葉っぱの主人公の気持ちをなぞりたくて。
著者の考えに触れてみたくて。
僕は、カクレの幼い頃から幾度となく繰り返された読み聞かせの中で、初めて。
カクレのように自分で頁を捲ってみたい、と思った。
「君や、君の葉っぱも、同じように思っているのですかな?」
「どうだろう。……僕の葉っぱに意識があると、思ったことはないかな」
優しい声差しで問われ、僕はゆっくりと返事をする。
カクレはそんな僕を、温かい眼差しで見守りながら。
確かめるように、穏やかな口調で問い掛ける。
「君は……このお話の主人公のように、人間以外の者と、会話することもあるのですかな?」
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『葉っぱのフレディ いのちの旅』
レオ・バスカーリア博士の著した本です。
ご存じの方も多いと思います。
上記では詳細な内容を伏せましたが、是非何度も読んでいただきたい名作です。
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