春の章*問わず語り【続いていく物語】

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+++  約束の翌日。  カクレは昼過ぎに僕の元へとやって来た。  その手に一冊の本を携えて。 「……木が主人公の物語というのも、あるものなのだね」 「小さな頃に読んだことを思い出しましてな」  誇らしげな顔で彼女は胸を張る。  そしてベンチに腰掛けると、本の表紙を掲げてみせた。  僕のそれとは違う、人の手のように五方向に開いた、黄色い葉っぱのシルエット。  簡素な表紙は、しかし僕の気を不思議な程惹きつけた。 「絵本、かい?」 「そうですな。『葉っぱのフレディ』という名作です。まあ、木というよりは、葉っぱが主人公なのですがね」  そう笑って、カクレは小さな本の(ページ)(めく)った。  朗々と読み上げられる物語には、主人公の『葉っぱ』が経験する四季が、鮮やかに、優しく描かれていた。     植物と、人間。  植物としての人間への接し方。  植物としての、終わりと、始まり。  カクレが全てを読み終えた後も、僕は暫く言葉を発することができなかった。  その言葉は、確かに人間が考え、人間の言葉で語られた物語だった。  しかし、共感できる心理描写に圧倒される。  著者は僕にとってのカクレのように、樹に寄り添って、その気持ちを読み取ろうとして、あのような物語を創ったのだろうか。  葉っぱの主人公の気持ちをなぞりたくて。  著者の考えに触れてみたくて。  僕は、カクレの幼い頃から幾度となく繰り返された読み聞かせの中で、初めて。  カクレのように自分で頁を捲ってみたい、と思った。 「君や、君の葉っぱも、同じように思っているのですかな?」 「どうだろう。……僕の葉っぱに意識があると、思ったことはないかな」   優しい声差しで問われ、僕はゆっくりと返事をする。  カクレはそんな僕を、温かい眼差しで見守りながら。  確かめるように、穏やかな口調で問い掛ける。 「君は……このお話の主人公のように、人間以外の者と、会話することもあるのですかな?」 ******************* 『葉っぱのフレディ いのちの旅』  レオ・バスカーリア博士の著した本です。  ご存じの方も多いと思います。  上記では詳細な内容を伏せましたが、是非何度も読んでいただきたい名作です。
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