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 車は静かに発進した。  すぐに会場から出てきたというのに、運転手は何も訊いてこなかった。ただ黙って運転に集中している。そのいつも通りの光景に、安堵するような切ないような気持ちになって、視界が滲んだ。  目に溜まったものが落ちないように上を向いたが、呆気なく零れてしまう。  一つ零れれば次々と湧いてきて、止まらない涙に眉をぎゅっと寄せる。  鼻がつんとして痛い。胸が苦しい。喉が熱い。嗚咽が漏れないように口に手の甲を押し付ける。 「我慢なさらないでください。リアム様には何も言いませんので」 「っ、すみませ、ん……っう」  優しい言葉をかけられると、もうだめだった。ポロポロと涙は溢れ、嗚咽も抑えられない。  小刻みに呼吸を繰り返し、震える喉から声が出てしまう。  きらきらと輝く人たちに囲まれるリアムは、自分とは違うのだと思い知らされた。  最初から住む世界が違うとわかっていたはずなのに。それなのにリアムに優しくされて、リアムの魅力に惹かれて、自分が特別な存在になったつもりでいた。親友になったつもりでいた。  リアムは汐月を特別だと言ってくれたが、それはたぶん『友達』だからだ。それなのに自分が一番特別な存在だと勘違いをした。  エヴァンに向けて「親友はお前だけだ」と言ったリアムの声がよみがえる。胸が締め付けられる。  携帯が震えて着信を知らせた。長い時間震えていたが、汐月は出なかった。  止まったと思ったらすぐに再び震える。それを放っていると、何度も何度も震えた。  異常な着信が気になって画面を見る。何十件もの着信が表示され、それはすべてリアムからだった。  メッセージも受信しており、画面に次々と表示される。 『どこにいる?』『どうした?』『心配だ。電話に出てくれ』など、溜まっていくメッセージに目をぎゅっと閉じる。  涙と鼻水を垂らしながら震える指を動かして、何とか返信をした。 『ごめん、お酒を飲みすぎて気持ち悪くなったから、運転手さんに家まで送ってもらってる。挨拶もしてないのにごめん』 『大丈夫か? いま電話してもいいか?』 『吐きそうだから電話できない。ごめん』 『待っていろ。何か持っていく』 『大丈夫だから全然気にしないで。リアムにはパーティーを楽しんで欲しい。おめでとう。じゃあね』  会話を無理矢理切って、携帯を握りしめる。  おめでたい日なのに、きちんと祝えなくてごめん。  本当は笑顔でおめでとうと言いたかった。  プレゼントも用意していた。右側にある紙袋は高級ブランドのものではないけれど、帰りに渡そうと思っていた。 「……っ」  いつも貰ってばかりなのに、誕生日さえ祝えない自分が嫌になる。こんな自分はリアムに優しくされる価値はない気がした。  片思いをやめよう。そう、決めた。
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