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宝石を護衛しろ その5
翌日、昨日とは男女が入れ替わった大浴場で、特別に許可を得て営業時間前に夫人がいた場所を徹底的に調べさせてもらった。
探偵は、フンフンと鼻を利かせる。
しかし、あれからいろんな人が使用して臭いが混ざり合い、水気によって臭いは霧散。犯人に結び付く手がかりは得られない。
「時間が経ってしまいすぎたな。せめて、直後に調べられたらよかったんだが」
泣き言を言ってもしょうがない。
「荷物になかったということは、どこかに隠したんだろう」
宝石は人の拳より小さいから、隙間に隠すことができる。
しかし、脱衣所には、壁と棚、脱衣籠、化粧台しかない。引き出し、物入れも確認ずみ。
「犯人は、下船するまではどこかに隠しているはずだ」
それはどこだろうと考えながら脱衣所を眺めていると、壁のダストシューターに気付いた。
景観を損ねないようダストボックスを置かず、どこでも壁のダストシューターに捨てる仕組みになっている。
アルミの蓋をあげると、船底まで繋がる細いチューブが見えた。
「これだ!」
探偵は、ケーナに言った。
「泥棒は、ここから宝石を捨てたに違いない」
「あとでゴミの山から回収するつもりですね」
宝石をダストシューターに捨てるなど、絶対にないと考えてしまう。盲点だった。
早速、乗務員に頼んで大浴場のダストシューターがつながる先のダストボックスを確認させてもらう。
ゴミをひっくり返すが、見つからない。
「ここにもないとは」
「もう打つ手なしですね」
ケーナは落胆するが、探偵の目はまだ諦めていなかった。
「もう一度、大浴場に戻るぞ」
ケーナを連れて大浴場に戻ると、壁のダストシューターに入るよう命じた。
「この中にはいれ」
「え? ここに?」
「そうだ。上にも下にもないとすると、残るのはここ。この中しか、隠す場所は考えられない」
「それはそうですけど……」
「ダストボックスまで到達しては、あとから探すのが大変。犯人は、きっとなんらかの工夫をして、ダストシューターのどこかに引っ掛けている。それを確かめてきてほしい」
言われてみればそうかもしれないとケーナは考えた。
そして、この狭い中に入れるのは自分だけだ。
「わかりました。元はと言えば、私が目を離したからです。行ってみます!」
「よし。では、ロープで体を縛る。何か見つかったら引っ張って合図を出せ。すぐ引き上げるから」
「はい」
ケーナの体に荷造り用のロープをしっかり結び付ける。
「行ってまいります!」
「頼んだ!」
ケーナはダストシューターに入った。
中は、ほぼ縦にまっすぐ。ゴミが引っ掛からぬよう、なんのとっかかりもない。ケーナの体はものすごい勢いで落下していく。
「アワワワアー!」
途中、途中にカーブがあるが、そこにぶつかりながらも滑り落ちていく。
「アイタタタ!」
ぶつからないよう体を流線形に細く伸ばすと、セーラー服がロープとともにスポーンと脱げた。
「あー! しまった!」
雨どいでの教訓生きず。
ケーナは体一つで落ちていく。
上では、手ごたえを感じた探偵がロープをたぐり寄せたが、セーラー服しか上がってこなくて唖然とした。
「アワワワ! どうしよう!」
コロコロ転がり、(このままではゴミ山に落ちるだけ!)と、思ったところで何かの障害物にぶつかった。
ボヨンとした弾力を感じたが、勢いが強くてそのまま一緒に落ちた。
「キャアアア!」
悲鳴とともに明るい場所へ、そして、ゴミ山の上にドサーッと落ちた。
ゴミがクッションとなり、痛くはなかったが臭い。
「ウウウ、ゴミにまみれるなんて……。何にぶつかったんだろう?」
ネットとゴールド・アイがハムケツの下敷きになっている。
「ゴールド・アイだ!」
喜んで拾うと、黒髪の女が勢いよく入ってきた。大浴場にいた人だ。
「泥棒! 返しなさい!」
「ええ?」
ケーナに掴みかかってきたので、ゴールド・アイを抱えたまま逃げ回った。
「待て! ちょこまかと!」
ケーナは、目の前の別のチューブに潜り込んだ。女の手が入ってきて、手探りで捜しているからガブリと噛みついた。
「痛い!」
慌てて手を引っ込める。噛まれたところから血が出ていて、女はショックを受けた。そして、怒りが噴出した。
「よくもやったわね! 殺してやる!」
近くにあった鉄の棒を掴むと、チューブに突っ込んだ。
「この! この!」
血走った目で突き上げる。
(ヒエエエ!)
ケーナは必死に避ける。
「そこまでですよ。レディ」
「誰!」
探偵が依頼人の夫と警備員とやってきて、皆で暴れる女を止めた。
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