犬探偵藪やぶ犬 その2

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犬探偵藪やぶ犬 その2

「なるほど……。愛犬パフィちゃんが、何者かに毒を盛られて殺されかけた、ということですね」 「そうなんです……。ウ、ウウ……。可哀想なパフィちゃん。お願いです。卑劣な犯人を捕まえてください!」  セレブなマダムは、ハンカチで目の涙を拭きながら犬探偵藪やぶ犬に訴えているが、どうも、先ほどからチラチラと探偵の顔を見ている。 「何か気になりますかな?」 「あの、つかぬ事をお聞きしますが……、探偵さんは、犬ですか?」  犬探偵藪やぶ犬は、顔がゴールデンレトリバーだが体は人間のよう。グレンチェック柄の三つ揃い高級スーツに身を包み、優雅に足を組んでソファに深く腰を掛けている。 「もちろん、あっしは人間ですよ」 「あっし? ああ、そうでしたか。大変失礼いたしました」  マダムは詫びたが、心の中では(やっぱり、犬?)と思っている。 「失礼します」  小さなセーラー服を着た小さなハムスターが、お盆にタピオカミルクティーを2つ乗せてやってきたから、マダムはビックリした。 「ネズミ!?」 「違います。ハムスターです」 「マダム。彼女は助手です」 「ケーナです。よろしくお願いします。マダム、タピオカミルクティーをどうぞ」  ケーナは、タピオカミルクティーをテーブルに置くと、ちょこんと頭を下げて、探偵の隣に座った。  小っちゃな足は、床に全く届いていない。 (なぜ、セーラー服? なぜ、タピオカミルクティー?)  ケーナのセーラー服は、一見、セパレートっぽいが、実はワンピース。スカート丈がギリギリで、動きに合わせてプリティーなハムケツがチラチラと見え隠れする。  下着は着けていないのでお尻から小さな尻尾まで丸見えだが、本人は全く意に介していない。 (いいの!?)  いろいろな疑問が生じたが、もはや質問する気力も起きずスルーする。 「マダム、助手と一緒に見事犯人を捕まえてみせますから、ご安心ください」  探偵藪やぶ犬は、眉間を寄せてダンディーな表情を見せた。 「は、はあ……」  探偵は、タピオカミルクティーをズルズルと飲む。 「マダム、タピオカミルクティーはお嫌いですか? ズルズル……」 「い、いえ……。いただきます。ズルズル……」  マダムもタピオカミルクティーを飲む。  ズルズルズズズ……。  ズルズルズズズ……。  飲み終わると、探偵は質問を開始した。 「では、詳細を順番にお聞かせください。パフィちゃんは、何時ごろ、どのような状況で発見されましたか?」 「午前のことでした。運動のために庭のドッグランで自由に走らせておりました」  庭にドッグランがあるとは、かなりの金持ちだとケーナは考えた。 (これは、報酬が期待できそう)  藪やぶ犬探偵は、お金に無頓着。依頼人の懐次第では、かなりの低料金で請け負ったりするものだから、事務所は常に金欠状態。  自分ほどになれば黙っていても向こうから探して依頼してくると考えていて、営業や宣伝をしない。  ケーナは、それではだめだと考えていて、金払いのよい金持ちからの依頼が増えるよう、秘かにSNSを利用しての宣伝を積極的に行っていた。  このマダムも、『とても評判がよろしいとセレブ仲間に紹介されました』と、やってきた。 (宣伝効果が表れてきたみたい)  ムフフとほくそ笑む。 「2時間ほど遊ばせて、そろそろ家に入れようと庭をみると、パフィちゃんが苦しんでいたんです!」 「毒を盛られたという根拠は?」 「パフィちゃんは、門の近くで倒れていました。そこなら外からエサに見せかけた毒を食べさせることができます。食べたのはパフィちゃんだけだったみたいで、他の子たちは元気です」 「ほほう。他にもワンちゃんが?」 「ええ、全部で4匹、パフィちゃんはパピヨンです。他に、トイプードルとミニチュアダックスフントとシーズーを飼っています。知らない人からエサを食べないよう躾ていたんですが、お恥ずかしいことに、パフィちゃんは極度の食いしん坊で、我慢できずに食べてしまったんでしょう」 「他のワンちゃんは知らない人からのエサは食べないが、パフィちゃんは食べてしまうということですね」 「手掛かりになりますか?」 「4匹のうち、パフィちゃんだけがなぜ被害に遭ったのか。その理由はわかりましたが、犯人の手掛かりにはならないですね。何か他には?」 「そういえば、最近パフィちゃんが太ってきました。何しろ食いしん坊なので、エサがあればあっただけ食べてしまう。他の子のエサまで食べてしまいますので、エサの時間は隔離していたんですが、その犯人が食べさせていたのかもしれません」 「懐かせるために外からエサを与え続け、充分警戒心がなくなったところで毒を盛ったということが考えられますね」 「なんて恐ろしい犯人なんでしょう!」  マダムは青ざめた。 「計画的な犯行ですね」 「絶対に捕まえてください。お金ならいくらでも払います」  ケーナは再びにんまりした。 (その言葉を待っていました!)  いくら表情に出ても、小さいから読み取られる心配はない。 「のちほど、現場検証に伺います」  マダムが帰っていくと、ケーナは担々麵をつくって探偵に出した。 「師匠、お昼ですよ」 「調査の前に腹ごしらえだな」  真っ赤な麺を探偵がズルズルと啜る。  ツーンとする辛い匂いが周囲に漂い、ケーナは鼻をつまんだ。 「辛くてうまい!」 「本当に熱々の担々麵好きですね。夏だと言うのに」  ケーナは冷たいそうめんを啜った。 「しかし、卑劣な奴がいるもんですね。ズーズズ……」 「もしかしたら、近所には同じような被害犬がいるかもしれない。ズルズーズズズ……」 「食べ終わったら聞き込みですね。ズルズーズズ……」  食べ終わると、二人で事務所を出た。
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