脅迫状 その2

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 男性浴場の入り口で止まった。 「ここで匂いが消えている。体を洗って着替えたら、匂いが分からなくなってしまう。これ以上は無理だな」 「また、お風呂ですか。豪華客船プリンセス・ヒポポタマス号を思い出しますね。……あれ? でも、こっちは男湯ですよ。女湯じゃないんですか?」 「入り口まではっきりと匂うから、差出人はこの男湯に入っていると断言できる」 「ここも時間で男女が入れ替わるとか」  横の説明書きを読んだ。  男女の入れ替えがあるとは書かれていない。 「温泉じゃないんだし、それはないようだ」  男女で浴場の置かれた階数が違い、間違えて入らないようにできている。  中でロッカールームと繋がっている。  男女ではっきりと分かれ、入れ替えを想定しない構造だ。 「じゃあ、男なんでしょうか」 「さっそく、プロファイリングが外れそうだな」  犬探偵がニヤニヤするので、ケーナはムッと返した。 「師匠、嬉しそうですね」 「そんなことはないさ。ただ、プロファイリングも善し悪しでね。思い込みによる誤捜査もなくはない。あくまでも、参考程度に使うもんだ」  悔しいケーナは必死に考えた。 「待ってください。今、ピンと来ました。必ずしも男とは限らないかもしれませんよ」  ケーナは諦めが悪い。 「ここまで来て?」 「女性スタッフなら、掃除のために男性用に入れます」 「そうかもしれないが……」  そう言っているそばから、掃除のおばさんが出てきた。 「ほら、ほら」  ケーナが肘で犬探偵をつつくが動かない。 「匂いが全然違う」 「そうですか。じゃあ、違いますね。でも、いいセンいっていたでしょ。まだ外れと決まったわけじゃないですよね」 「分かったよ。そういうことにしておこう」  犬探偵は、ケーナの往生際の悪さに辟易する。 「こんな事になるなら、もっと早く捜しておけばよかったですね」 「脅迫状とは思わなかったからな」  先ほど一緒にぶつかられたマッチョの児玉が出てきた。全身から湯気が出ている。 「児玉さん」 「あ、さっきのハム……」 「ケーナです。先ほどは怪我がありませんでしたか?」 「鍛えているから、あれぐらいどうってことないよ」  わざわざ両腕を上げて大胸筋を強調した。 「間にあなたが入ってくれて助かりました」 「潰さないよう、とっさに腕で空間を作ったんだ。怪我がなくて良かったよ。あの体は重かったがな。僕よりはるかに体重がある」  歯並びのよい白い歯を見せて笑った。 「そうだったんですか! どうりですっぽりとうまい具合に収まったと思いました。助かりました。ありがとうございました」  咄嗟の機転に感謝して何度も頭を下げる。 「気にするな。じゃ」  児玉は帰っていった。 「いい人でしたね」 「そうだな」  ジムに戻ると、芋茎がケーナのところにやってきた。 「さっきはぶつかってごめんなさい」  しおらしく謝られたのでケーナは吃驚した。 「あ、いえ……。私より、児玉さんに謝った方がいいかと」 「さっき謝った」 「足は痛くないんですか?」  左足首と両膝に包帯を巻いている。 「痛みはとれないけど、なんとか歩けるようになったんで帰ります。助けてくれてありがとうございました」  犬探偵にも頭を下げると、足を引きずって帰っていった。 「なんか、彼女も悪い人じゃなかったみたいですね」 「そのようだね」  さんざん貶めてしまったことで、ちょっとだけケーナの心が痛んだ。
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