犬探偵藪やぶ犬 その4

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犬探偵藪やぶ犬 その4

 パフィが元気に走り回っている。 「すっかり、元気になりましたね」 「ええ。本当に良かった」  ニコニコと慈母の視線で愛犬たちを見ている。 「犯人がわかりましたか?」 「はい。動機も」 「早く教えてください!」  マダムがせっついてくる。 「その前に、お願いがあります」 「何でしょう。ああ、報酬ですね。もちろんはずみます。これで安心して子供たちを庭で遊ばせられるのだから」  愛犬のためなら、お金はケチらない。 「今回の事件では、幸いにも亡くなったワンちゃんはいませんでした。だから、犯人が誰であれ、責めずに許してやってほしいのです」  この言葉には、マダムもケーナも唖然とするしかない。 「はあ? 本気で言っています?」 「本気で言っています。これを約束してくれなければ、あっしは名前を出すことはできません」  ケーナは、(やめてー!)と、心の中で叫んだ。  犯人の名前を言わなければ、報酬は絶対にもらえない。 「その代わり、二度と同じことが起きないようにします」 「そんなことができるんですか?」 「約束します」 「……」  マダムは考えている。  ケーナは、ハラハラした。  数分後、マダムは、腹をくくった顔になった。 「わかりました。私は犯人を責めません。どこの誰なのかわかるだけでもよしとします」 「わがままを言って申し訳ない」  探偵は頭を下げた。長い耳がダランと前に垂れる。 「で、犯人は誰なんですか?」 「お連れしましょう」  探偵は、マダムを連れて先ほど立ち寄った家に行った。  チョコレートをくれた小さな女の子のいる家。  女の子が探偵との再会を無邪気に喜んでいる。 「ワンちゃん探偵さんだ!」 「お嬢ちゃん。また来たよ」 「この子が、犯人? まさか」  マダムは呆然としている。 「この子がなぜ関係していると言うんですか?」 「これが証拠です」  先ほど貰ったチョコレートを見せた。 「このチョコレートの匂いが、マダムの家と、もう一軒、同じ目に遭ったお宅でしました。同様に、こちらのお嬢ちゃんの匂いもありました」  さすがは犬であるとマダムもケーナも思った。 「それと、この子の手なら、あの鉄柵の隙間を通る」  女の子の小さな手に握られた小さなお菓子は、容易に通り抜けるだろう。  探偵は、腰を低くして女の子に頼んだ。 「お嬢ちゃん。このおばさんに、君がパフィちゃんにしたことを教えてあげてくれる?」 「お、おば……?」  マダムは白目を剥いている。 「パフィちゃんって?」 「大きな鉄柵の家のパピヨンだよ。耳が大きくて茶色と白の小さい犬」 「これをあげたの」  先ほど探偵にも渡したチョコレートを見せた。 「チョコレートをパフィちゃんに!?」 「うん。喜んで食べていたから、毎日おやつをあげたの。おせんべいとかクッキーとか」 「えええ!」  マダムは大ショックを受けている。  ケーナは探偵に聞いた。 「どうしてあんなに驚いているんですか?」 「犬はチョコレートを食べると中毒を起こす。最悪になると、死んでしまうんだ」 「へえー」 「犬が食べてはいけない食品はたくさんある。長ネギ、玉ねぎ、ぶどう、イカ、貝、ナッツはホンの一部に過ぎない。そして、チョコレートも。お嬢ちゃんは、たまたまチョコレートをあげてしまったんだよね」 「うん」 「だから、太っていったのね」  真相がわかっても、この小さな女の子には悪気はない。責任も問えない。 「それで、責めないでって言ったんですね」 「そうです。わかっていただけましたか」 「ええ、これはしょうがない。お嬢ちゃん、二度と、よそのワンちゃんに勝手にエサをあげないでね」  その事だけはきちんと注意して、事件は終了した。  報酬は頂けたので、二人は恵比須顔で祭りの神社へ行き、居並ぶ屋台を冷やかして歩いた。  お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、焼き鳥。ケーナは、お好み焼きが食べたい。 「師匠、何か食べませんか……って、もう買ってる!」  ケーナが振り向くと、探偵はチョコバナナと焼きそばをもう手にしていた。 「しかも、チョコバナナじゃないですか! ダメですよ! 犬はチョコを食べられないんでしょ!」 「あっしは人間なので食べられるんです」  あくまでも自分を人間だと言い張る犬探偵は、チョコバナナをパクリと一口で食べ、焼きそばをズルズルとうまそうに啜った。  終わり
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