-間諜と謀略の狭間で-

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-間諜と謀略の狭間で-

<1>  気がついたら、・・・また朝になっていた。  何時の間にかまた、布団に寝かされていた。  気が付いたら布団の上、などと云う痴態をもう何度経験したのだろうか。  もう成人した大人なのだ。  幾ら疲れていたからとて、他人の善意に甘え、気が付いたら布団の上・・。  情け無い事この上ない。  肩を落としながらも、昨日の事は夢だったのかと・・そっと指で唇をなぞった。  今回の旅の最大の目的である筈の、彼の弟の事なぞ既に何処かに吹き飛んでしまっていた。  ・・・それ程までに、昨夜の事は忘れ難い、甘美な記憶だった。  (あの時・・私達は抱き合ってキスをした・・・・)  彼の、長い睫毛が・・程よく肉の付いた形の良い唇が近付いて来て・・ゆっくりと唇を塞がれた。  彼の舌が優しく絡みついて来て、舌をねっとりと愛撫される度に・・・身体の奥で何かかがじんじんと熱を持って疼き、どうにも堪らなくなった。  身体を捩り、快感に抗おうとすると、今度は風呂上がりの石鹸の匂いと共に、上気し火照った彼の身体が・・ゆっくりと覆いかぶさって来た。  その時・・頭の中は、既に大パニック状態だ。  もうどうしていいのか解らない。  そんな中でも、心ではこれがいけない事だとちゃんと解っていて、どうにか拒絶しようとするのだが・・・身体の方は彼が欲しくて堪らない。  心と身体が見えない所で必死にせめぎ合っていて、全く身動きが取れなくなってしまった。  そうこうしてる間に・・床に横たわったままだった身体は、身をくねらせ、捩った事によって身に纏っていた着物がはだけ、太腿や肩の辺りが露わになっていた。  その白い太腿を・・草壁の指がそっと優しくなぞった。  「ひぃう・・っ」  つい、おかしな声を咄嗟にあげてしまう。  彼の唇が、舌が、首筋を・・肩のラインを伝いながらゆっくりと這って行く。  触れあう互いの肌が、視線が、太腿が・・より強力な劣情を身体の奥から引きずり出して来る。  ぞくぞくとした快感に身体が震えた。  心臓の鼓動が速すぎて痛い。  彼が欲しくて、愛されたくて、抱かれたくて・・身体が云う事を利かない。  全てに身を委ねようとした、その時。  彼の婚約者の顔を、何故か思い出してしまった。  そして憎い、彼の弟の事も。  (あの・・美しい黒髪の少女は、私以上の地獄を味わったというのに・・・。彼女からこれ以上何かを取り上げてはいけないのだ、絶対に)  はっと我に返り、思わず彼を力任せに突き飛ばしてしまった。  その自分自身の咄嗟の行為に動揺し、彼の顔を覗くと・・彼は少しだけ悲しそうに微笑み、  「すまない」  と短く謝り、アルフレヒドを抱き上げて布団の敷いてある部屋に連れて行ってくれたのだった。  自分も、拒絶してしまった申し訳無さと後ろめたさに・・その後の言葉が出て来なくなった。  そして、翌朝・・・彼はまた居ない。  普通に考えてみれば・・あの年齢の青年が、むしろこの時間にごろごろ家でしている方がおかしいのだが。  服は・・いつの間にか地味な着物に変わっていた。  綿素材らしく、着心地がとても良い。  悲しい事に・・今回も花柄の女物だったが。  日本人は全体的に背が低い人種だと聞いていた。  実際、車窓から見かけた町行く人々、農作業に勤しむ人々は、比較的背の低い人が多い気がした。  ならば、普通のサイズの男物で自分に合いそうな物が在ってもいい気がする。  ・・・それでも、何故か女物があてがわれてしまう。  (彼の身長は155㎝、但し彼の腰回り等横のサイズが細すぎる上、手足の長さがどうにも合わなく不格好になってしまう。それに柄も男物はいささか地味だ。それでは賓客に対して失礼ではないか、と云う事での草壁達なりの配慮だったのだが)  短足胴長の日本人の体形に対して、アルフレヒドの体形は完璧に真逆だった。  似合う物を、との彼等なりの配慮だったが、アルフレヒドの目にはそうは映らなかった様だ。  「・・仕方無いか、私は”客”なのだから・・」  未だなおそう呟く・・彼の往生際は中々悪い様だ。  服の問題・・しかしこれには草壁達にも事情があった。  男物で誰かの物を借りて用意しようにも、一番低い宇佐でさえ165㎝はある。  霧島が約175㎝、村雨は180㎝は有る。  日向と高千穂は主な衣類を満州に置いて来ている為、今は逆に人から借りている始末だ。  その上草壁に至っては、日本人には殆ど居ない185㎝、今は潜入任務で居ない狭間などは、189㎝もある。  ・・つまり、彼等の誰からも彼の衣類を借りる事が出来ないのだ。  宇佐が身長では比較的近いのだが、プライドの高い宇佐は「絶対嫌だ!」の一点張りで、決して貸そうとはしなかった。  そう言う訳で、身近で直ぐ借りられる155㎝に対応した服が、どうしても妹、鞠の未使用の浴衣・・・女物になる訳だ。  だが、事情を知らない彼にとって、やはり女物は「女に見られている」気がして微妙なのだろう。  そもそもの原因は、横浜駅で逃亡の為に荷物を置いて来てしまった事。  あの中には一応の着替えがあったのに・・。  (・・・こればかりは後悔しても仕方が無い、あの時は仕方が無かったのだから)  とりあえず、腰の周りの帯もそれ程きつくは感じない。  渋々だが、現状を受け容れる事にした。  ・・ふと、昨日のあの事がまた急に脳裏に浮かんだ。  あのまま、総てを彼に委ねてしまったのなら・・・彼とは既に一線を超えてしまっていた事だろう。  彼が、弟の正隆の様に自分を”玩具”や”人形”などとして見ていない事は分かる。  だが、どういう感情で抱き寄せてキスをして来たのか・・それは分からない。  あの・・突き飛ばしてしまった時に見せた、一瞬だったが何とも言えない寂しそうな表情が、心の奥からずっと消えない。  (私が彼の弟に凌辱されて、男性との性交渉に免疫が有るから?・・だから、私を抱こうと?)  いや、彼はそう云う邪な考えで人を判断しない人だと断言できる。  曲がりなりにも、医師として沢山の人間を見て来た自分の目は、彼を薄汚い人物だとは全く感じない。  恐らく・・常人とは違う感覚で善悪の判断をしているだけなのだろう。  ならば、人の心の隙間に付け込もうなどとは絶対にしない筈だ。  そもそも、彼の容姿なら男性にも女性にも事欠かないと思うのだ。  (だとするのなら、私を利用しようとして、懐柔する為・・・?)  それならば、それを行うチャンスは既に幾らでもあった筈だ。  そもそも、これだけの便宜を図ったり、回りくどい事をせずとも、監禁・拉致して拷問でも洗脳でもすればいいだけの話である。  第一、あれだけの料理でもてなす意味が無い。  そして、只抱きたいだけなら組み敷いて、それこそ弟のした様にすればいいのだ。  この身体は・・もう既に三人の男に抱かれていた。  それを兄である彼の前で、今更純情ぶって恥じらった所で滑稽でしかない。  今更・・男に抱かれる事が嫌な訳では無い。  むしろ彼となら・・あの引き締まった体に、あのたくましい腕に抱かれたら、どんなに気持ちいいのだろうかと、妄想を膨らませてしまう位だ。  だとしても・・・どうせ誰かに抱かれるのなら、せめて愛し愛されて抱かれたい。  つまらぬ妄言だと、さすがに自分でも思う。  でも、やはりそれが本心だ。  なら、彼女は?  好きでも無い男に無理やり抱かれ、子まで宿してしまった彼女は?  曲がりなりにも、彼女は彼の婚約者なのだ。  彼女を蔑ろにして自分が抜け駆けする事など、絶対に出来ない。  百歩譲って、彼と自分が相思相愛だったとしても、だ。  (あの人の瞳はとても澄んでいて、睫毛が長かった・・・)  知らぬ内に彼を欲している自分に、はたと我に返って飛び上がりそうになる。  恥じらいと抑えの効かない邪念に、今更ながらに顔を真っ赤にして布団の上をのたうち回った。  抱かれた腕の感触が、首筋を這う舌の感触が・・忘れようとしても忘れられない。  (朝から私は・・何てはしたない!)  そう思いつつも、どうにも身体が火照って仕方無い。  ・・ふと隣を見ると、向こうのちゃぶ台の上に朝の食事の用意がしてあった。  (そうだ!気持ちを切り替える為にも、朝御飯を頂こう!)  急いで布団を畳み、ちゃぶ台前に腰を下ろした。  その絶妙なタイミングでお腹が「ぐう」と鳴った。  情け無さと恥じらいで、顔を赤くしながら食卓に着き箸を取った。  勿論正座が出来ないので、女座りでだが。  先ずは、寝覚めの一杯を頂く。  今朝の一杯は、ほうじ茶だった。  昨日いただいて、余りの美味しさに何杯もお代わりをした物だ。  ゆっくりお茶を堪能した後は、メインディッシュに目を落とした。  綺麗な焼き色のついた、魚の切り身の焼いたもの。  その隣には、黄色い渦巻き状の断面のオムレツ?・・卵か何かだろうか?  先日のお重の中にも、同じような物が入っていたのだが。  途中、たった一杯の日本酒でぶっ倒れる程泥酔してしまった為に、味はおろかそもそも口にしたかどうかも記憶には無い。  食べたかどうかも怪しい黄色のその物体は、細長く丸める様に焼き上げた物を、3センチ幅で切ってあった。  断面だけなら層の感じが、祖国の菓子のバウムクーヘンに似ていた。  その隣の小皿には・・綺麗に切られた、野菜のピクルス?  それにしては、つんとした独特の匂いが少々気になった。  (さすがに腐った物は出されていないだろう・・)  更にその隣には、日本人の主食である炊いたお米。  それと、少し深いボール状の木製の鉢の中に、白い何かと葱の浮いたスープ・・の、様なもの。  何故だかスープが茶色い。  かと言って、この醗酵臭の伴う匂いは、デミグラスソースとかではなさそうだ。  取りあえず、日本風に手を合わせて、頂いた。  (箸がおぼつかない為、見兼ねた隆一郎がナイフとフォーク、スプーンを置いて行ってくれた)  頑張って箸でつまみながら、少しづつ口に運ぶ。  上手く行かない所は、恥を忍んでフォークやスプーンに手を伸ばした。  不思議な事に、何故かドイツ生まれの自分でも美味しく頂けた。  スープの中の白い物がふわふわしていて、凄く美味しかった。  ほんのりと、醗酵臭と共に優しい豆の甘味とうまみがした。  そこに加えられた葱のアクセントが絶妙だ。  卵もとてもふわふわで、あんな料理は初めてだ。  少し甘いのが、やみつきになってしまった。  野菜のピクルス(ぬか漬け)も少し匂いが気になったが、食べてみると絶妙な塩加減が堪らなく美味だった。  サーモンの焼いた物は、甘い味付けが最高だった。  自国でそれまで食べていた魚は、大抵川魚を揚げた物などが供されて来た。  若しくは、稀に酢漬けや燻製。  子供の頃の食べた酢漬けは、生臭い上に飛び上がる位酢が効いていた。  あれ以来、自分から口にしようと思った事が一度も無い。  川魚のフライやムニエルは、油っぽさと生臭さがどうにも好きにはなれなかった。  だが、この国の魚料理は臭くないし種類が多い。  すぐにダウンしてしまったが、夢中で食べたお重の中にも沢山の魚料理があった。  穴子の午房巻き、海老真蒸、鰯の生姜煮、鯛の昆布締め等々・・・。  どれも見た目にもとても奇麗で、凄く美味しかった。  何より、やはり日本食には少し甘いお米が合う。  朝は今迄、ブレートヒェンとコーヒー以外に考えた事が無かった。  イギリスに居た幼少期も、食パンにたっぷりのジャムとバター、それにせいぜい卵料理とカリカリベーコンが付く位で、大した違いは無かった。  朝食にもこれだけの手間暇をかける・・・。  日本人の多様な食生活に感嘆せずにはいられないアルフレヒドだった。  空腹だったのと、他人の目が無かった為、自分なりにゆっくりとご飯を食べる事が出来、とても満足した。  何より自分でも驚いたのが、つい数日前まで食事が喉を通らなかったのに、日本の食事は幾らでも受け付ける事だ。  この朝食も、それなりの量だった筈だが・・完食出来てしまった。  満腹になって気持ちも落ち着き、ホッと一息ついた。  と、その日も玄関扉が急にガラッと開いた。  当然、ノックの一つも無い。  急な来客に思わず飛び上がり、玄関を見たアルフレヒドを・・逆に入室して来た少女が冷静にじっと見つめた。  その眉間には・・何故か微妙に皺が寄っていた。  それは、隆一郎の妹の鞠だった。  日本人にしては白い肌、ぱっちりと大きく少しだけ釣り目な瞳、整った鼻に同じく整った唇。  瞳の色も髪も綺麗な茶色で、サラサラの長い髪がとても似合った、少し勝気な感じの美人だ。  彼女が着ている、花がモチーフだと思われるパステルカラーの着物と上に羽織ったつつじ色の道行(着物の上に羽織る、外出用のコートの様なもの)も、色合いが着物とマッチしていてとてもよく似合っている。  「お邪魔致しますわ。・・・嫌だわ、お人形の様な青年と聞いていたのだけれど。これはフランス人形の美少女じゃないの」  そう言い放つと、ふいとそっぽを向いてしまった。  アルフレヒドは、ただただ呆気に取られるしか無かった。    草壁の妹の鞠は家に上がると、素早く道行をハンガーに掛け、持参した割烹着を身に付け、掃除・炊事を手際よく始めた。  「あ、あの・・・お早うございます」  「・・・・・・・・」  そんな彼女にアルフレヒドは何度も挨拶をし、笑顔で話しかけた。  だが、それは事ごとく無視された。  しかし鞠は、その態度とは裏腹に、その後も甲斐甲斐しくアルフレヒドの世話を焼いてくれた。  風呂掃除に洗濯、アルフレヒドが食べ終わった後の片付けと皿洗い。  夜に食べる為の物だろうか、下処理を施した食材を持参した風呂敷の中から取り出して、せっせと鍋に移したりもしていた。  その後、彼の布団一式をよく日差しの入り込む中庭に干して部屋を箒で綺麗に掃き、大鍋に湯を沸かして昼の準備だろうか・・・煮干しと昆布でだしを取っていた。  アルフレヒドにはそれもまた珍しく、「何故鍋に小魚の干した物を入れるのか」「その黒い板状のものは何か」と、あれこれ訊ねてみたが、それもまた無視された。  彼女の態度はどう考えても、賓客である筈のアルフレヒドに対してお世辞にも好意的では無かった。  むしろ、親の仇にでも出会ったかの様な、露骨な程のつんけんとした態度である。  先日出会った美佐子ですら、ここまで手厳しくは無かった。  (自分は彼女とは初対面の筈。嫌われる理由が解らない)  しかも先程は重ねて、その不機嫌な鞠に、  「・・このお寝坊な方は、何時まで寝巻のままでいらっしゃるのかしら?お早く着替えを済ませられませんと、この分では、もうすぐお天道様が天辺に辿り着いて、皆に笑われてしまいますわね?」  とあからさまに嫌味を言われ、慌てて着替える事にした。  どうにかそのお陰で服は、朝の内に何とか自分のスーツに着替えられた。  何時の間にか前日の服は洗濯されてハンガーに掛けられており、シャツとハンカチにはちゃんとアイロンもあてられていた。  アルフレヒドは洗濯とアイロンの礼を彼女に告げたが、  「・・さあ、わたくしは存じ上げませんわ」  とそっぽを向かれた。  さすがに痺れを切らせたアルフレヒドが、思い切って彼女に訊ねた。  「何故、私をそこまで嫌うのですか?初対面である筈なのに、貴方に嫌われる理由がわかりません」  面と向かって訊ねてみると・・彼女は無言でアルフレヒドを睨みつけた。  その後は彼女に何か質問しても、「わたくし忙しいので」「さあ、知りません」と突っぱねられてしまい、挙句には「そんなに訊きたければ、お兄様にでも訊けばいいでしょう!」と怒鳴られてしまった。  それにはさすがのアルフレヒドも、しゅんとしてしまっていた。  彼女に其処までつんけんとされてしまっては、客である筈のアルフレヒドにとってはどうにも居づらくて仕方が無い。  おまけに草壁からは、「外へは出ない方が良い」と予め釘を刺されていた。  どこにも逃げ場のないアルフレヒドは仕方無く、部屋の隅で本を開き、大人しく”鞠”と云う名の少女の形をした”嵐”が過ぎ去るのを待つ事にした。  それから暫くして後、ようやく軍服姿の草壁と村雨がやって来た。  「・・お兄様、康介さん、お帰りなさいませ」  途端、鞠の顔が見違える様に晴れやかになった。  しかし、状況は一昨日とはまるで逆だ。  鞠は嬉々とした表情で、真っ先に村雨に向かっていった。  以前は美佐子が草壁の世話を甲斐甲斐しく焼いていたが、今日は鞠が村雨の世話を焼いていた。  そんな二人を、草壁は軽く微笑みながら見つめ、自分でハンガーに上衣を掛けていた。  ・・と、村雨が部屋の隅のアルフレヒドに気付いた。  「あれ、博士?・・どうした、暗いな・・・」  アルフレヒドはあからさまに落ち込んでいて、部屋の隅の方で本を広げて小さくなって俯いていた。  ただでさえ、見つからぬようにと日中でもカーテンが引かれ、部屋の中は薄暗かったのに、重ねて暗く沈んだ面持ちの青年が、部屋の隅でじっと本を広げてしょげているのだ。  その状況下では、誰が見ても彼の周辺の空気がどんよりと沈んで感じるに違いない。  村雨がそれを見、何か思いついたらしくニヤリと笑う。  「・・どうしたんだ、博士。いつも明るいあんたがそんなに暗いなんて。・・ははぁ・・・、さては鞠に苛められたんじゃないのか?」  言い当てられてびくっとするアルフレヒドを鞠が睨みつけながら、  「まあ・・・!相変わらずなんて失礼な男なのでしょう。・・お兄様、何とか言って懲らしめて下さいませ!」  真っ赤になって怒った。  隆一郎は心の中で(・・有り得る話だ・・・)と感じ、顔を背けてやんわりと言葉を避けていた。  この妹は怒らせるととても面倒なのだ。  しかし村雨は挑発を止めはしない。  更に煽る様に、村雨は鞠の目をじっと見つめる。  「・・・・何ですの」  鞠は、居心地悪そうに目を伏せる。  そんな鞠を、ニヤニヤ笑いながら、更に執拗に覗き込む。  「やっぱりな、お前の事だから”親友の美佐子の恋敵”とでも思っているんだろうなぁ?・・だが、残念ながらその邪推はハズレだ。このお方は大事な賓客なんだよ。お前さんの、その的外れの八つ当たりは程々になぁ。ハハハ!」  (その”賓客”を一昨日ぼろくそに言っていたのはお前だった気がするが)  草壁が村雨を冷めた目で・・じっと見つめた。  鞠はからからと笑われて口惜しかったのか、更に  「本当にむかつく男ね!いつもそうやって私をからかって・・・!大嫌い!」  怒りながら、村雨の肩をどんどんと拳で殴りつけた。  「おお、痛てえなぁ~、助けて~」  しかし・・・殴られて居る筈の村雨は、逃げ回りながらもどこか嬉しそうだ。  それを静かに見ていた隆一郎が、ぽつりとアルフレヒドに  「申し訳無い、・・いつもあの二人はあんな感じなんだ」  そう呟くと、気怠そうに一つ溜息をついた。  アルフレヒドは皆の笑い声に機嫌を直し、にっこりと笑って草壁に返した。  「いえ、仲の良い恋人同士で羨ましいです。お二人はとてもお似合いですね」  彼の言葉に過敏に反応した二人が同時に振り向き、言葉を投げ返す。  「違う!俺には妻子がいる!」  「違いますわ!誰がこんなこぶ付きと・・」  また二人が顔を見合わせた。  村雨は明らかに動揺していた。  それに対して鞠は強気だ。  「お前なあ・・、こぶ付きって・・・そりゃあ無えだろう!」  「知りませんわ!勝手に結婚した貴方の事など・・フン!」  鞠はまた顔を真っ赤にして、割烹着を兄に投げつけるとそのまま家を出て行ってしまった。  草壁が、村雨をまた冷めた目でじっと見た。  「チッ・・・、わかったよ!」  村雨は頭をガシガシ掻き毟ると、捨て台詞を残して走っていった。  心なしか顔が赤かったが。  「・・・・さっきの話だが・・」  暫くの沈黙の後、草壁がアルフレヒドに真面目な顔で尋ねた。  「あの二人は、お互い・・好き合っているのだろうか?」  アルフレヒドはその問い掛けに、ぽかんとした表情をして逆に尋ねた。  「えっ・・、違うんですか?」  その問いには、背後から現れた別の人間が答えた。  「あはは、違わないよ。あの二人は相思相愛、ずっと前からお互いの事が大好きだからね!」  「本当本当、あんなに分かりやすくイチャイチャしてたじゃない!」  「・・・・・そうなのか?」  普段表情のあまり変わらない草壁が大きく目を見張った。  それを見た霧島と宇佐が、顔を見合わせてケラケラと笑い合う。  「そういうとこ、本当に変わんないね、隆は。アハハ」  「色恋事には本当に鈍感だよね。くそ真面目!ハハハ、超ウケる」  軍服姿の宇佐と霧島はひとしきり笑うと、アルフレヒドに向き直った。  「博士、お久し振りです。霧島と宇佐です」  二人は軍帽を取ってアルフレヒドに敬礼した。
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