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息子が珍しく自分の足で立ち上がり、悪戯な顔で尋ねてきた。
この子は人の弱みを探すのが好きで、こういった事には首を突っ込んで来るのだ。結花はため息をつく。
「お父さんが描いたに決まってるでしょ」
結花は息子を咎めるため、怖い顔で言い放った。すると、息子は口を噤んでしょんぼりと俯いてしまう。
「もう、男の子が何ですぐそうなっちゃうの? だらしない」
「別にそうなってない」
ふてくされた息子を横目に結花はキャンバスを襖に裏返しで立て掛け、押入れから探していた鞄を取り出した。
「ちっ」
勇斗は聞こえないように小さく舌打ちしたが、息子の悪癖を知っている結花の耳は鋭かった。
「お父さんはもっと強かったよ。この鞄だって、あの人が大学生の時に使ってたものでね。私は勇斗にも……」
結花は鞄を両手で目線まで持ち上げ、懐かしそうに見つめる。
「お父さんとお母さんってらぶらぶだったの?」
娘は鞄を見向きもせずに、目を輝かせて結花の顔を直視してきた。
「お母さんとお父さん? うん、ちょっとね」
「おえ」
結花は息子のお小遣いを減らそうかと思ったが、自分の歳が頭によぎり、ため息をつく。それから、ちょっと微笑んで頰を赤くした。
「お父さんはね、私を愛してくれたのよ」
開けていた窓から、夏の香りと共に海風が吹き込み、結花の細い髪を揺らした。
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