第二話

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第二話

「オレがその美少女、アカネを避けた理由に妹と似た雰囲気を感じていたという事実がある。何か身内っぽいというか、親戚ぽいというか、オレの女版というか、自分と同じ系統ぽかったので、見た目から性格までオレとまるきり違うタイプの女を求めていたから相手にしなかった、というのがある。ほんとにそうなんだよ。でもオレの女版なら、オレとひとつになっていれば、オレという人間が完全体になっていたかもしれないと、今になって思う。さっき気付いた、てか前から気付いてた、アカネがもし……こういう言い方は嫌だけど、ドブスだったら、オレはこれほどまでに後悔したか? いやしない、絶対しない。結局オレは見た目で判断しているんだよT! それは、その思考は、ナチスと何ら変わらず、白人優越思想と何ら変わらず。それらの思想・思考を否定、完全否定したいんだろ? オレは当時アカネより好きな女がいた。名前をセイラと言った。セイラとアカネは親友だった。今思えばアカネのほうが断然良かったのだが。クソッ! 認めろ。オレが中一のとき、アカネが何度もモーションかけてきたのに無視したオレに全責任がある。バカ親二匹にインスパイアされたからじゃねぇ! オレが、バカだったんだ! オレが選り好みして、果てしなく欲かいて、生涯最初で最後のチャンス、アカネを振ったんだよ! 終わりだ! 死ね! 死んでしまえ! バカなオレ! 利口なオレに生まれ変われ! でもオレって猿並みの知能だろ? 絶対猿並みの知能だよオレ。もうオレにチャンスはない。あるのは神の御心(みこころ)のみ。アカネは中学二年のときに大阪へ転校していった。中三になったときオレはセイラに文通を申し込んだ。なんとセイラは受けてくれた。オレたちはしばらく文通を続けた。卒業間近にオレはセイラに手紙で告白した。ハッキリ断られた。そしてセイラはオレにアカネさんとかどう? と打診してきた。アカネは大阪にいるがそんなことはどうでもいい! そんな距離の問題でなく、オレはセイラに振られて、オレを振ったセイラにアカネはどうかなんて言われてじゃあアカネにするわ~、ひとつよろしく。なんて言えるほど人間がこなれていなかった、頭の切り替えが早くなかった、要するに純粋、正確に言えば幼稚そのものだった。オレは振られた屈辱で激怒に身を震わせ、そのセイラからの最後の手紙を破り捨て、灰皿に入れて燃やした。そこでまたオレはチャンスを逃している。どうしようもない馬鹿間抜けだ。セイラとはそれっきりだ。高校入ってから偶然会うこともあったが、お互い友だち連れで自転車に乗っていて、すれ違いざま、おう、と軽く挨拶する程度だった。セイラ、アカネの他にもう一人、今思えば付き合っとけば良かったという女がいる。ナオミだ。ナオミもオレに好意を寄せていた。いいか、もしナオミがセイラみたいなルックスだったら、オレ付き合ったろ。ナオミはオレが付き合おうと思えば絶対付き合えた。でもT! おまえは、当時は家に彼女を連れてったとき、母親に、おまえこんなのと付き合うの? みたいに思われたり明らかにそういう態度をとられるのが嫌でそうしなかった事実。オレは確かにそう考えた。今思い出したてか前から知ってた。口の悪い男友達に、おまえブスが好きなの? そういう趣味なの? ゲラゲラ! て言われるのが嫌でそうしなかった事実! ナオミはおっぱいがでかかった。間違いなく性的にオレを満たしてくれただろう。一旦女とそういう関係になったら、責任とって結婚まで考えていたのもあったが。いつの時代の男だオレは。オレは女を見る目がなかった。あれば最初からアカネと付き合ってた。あのときのオレのグレードは、アカネと付き合えるレベルだった。年々それは下がり続け、あのとき一〇〇だとして今じゃマイナス一〇〇くらいだろ。こんなオレを本気で好きになる女がいたらまさに奇跡、その女しかいない。だが、正直オレのチンポが反応しない見た目だったら? この不安がオレの偽善、オレのクズさの証明。だがマジで大問題、ナオミくらいの見た目はないと、射精まで持っていける自信がない。こんなことを言ってるんだからオレはどうしようもない。だがそれにしたっておかしいだろ。オレはそんな大罪を犯したわけでもないのに、こんな人生か? それとも自覚してないだけでとんでもないことをやらかしてるのか? 好き放題やって、他人に迷惑をかけまくって、あまつさえ人を殺しても、レイプしても、その他犯罪をしても、女にモテて、他人に好かれ、金持ちになり名声を得て、子孫をたくさん残して繁栄している奴らいっぱいいるだろう、なぜだ? 何故そんな奴らが存在できるのだ? おかしいだろ! おかしいだろが! 何だこの世界は。何だこの世界は! おかしいだろ! 狂ってるだろ! そう、所詮(しょせん)そういう世の中なんだよ。いつまで続くんだこんな世界が。もう終われや。もう終われや!」    一気にまくし立てTは沈黙した。    ふと見ると記録係の肩が小刻みに震えている。      泣いていた。    俺と同じだ。    島田というこの記録係の刑事はそう思った。    俺も母親が教育ママゴンで、中学生くらいで性的なことに興味を持つのは犯罪だという考えの人だった。とにかく勉強勉強で、小学生の頃までは嫌々従っていたが、中学に入ってからは断固拒否したんだよな、俺の場合。それで青春は間に合った。だがこいつ──Tは……気の毒な奴だ。俺は紙一重だった。あのまま母親の言いなりだったら、俺は確実にTのようになっていたろう。    そう思うと、自分は望外に幸運だったという例えようもない感謝の気持ちが心の底からルルドの泉のように湧きあがり、気付けばイグアス大瀑布(だいばくふ)の如き滂沱(ぼうだ)の涙となってとめどもなく流れていたのだった。    Tを見ることなく、その話す内容をひたすら文字化しているのが悪かった。      声だけ聞いていると、Tの話は真に迫って来るものがある。    村西のようにTを正面から凝視していたら、そのあまりの美形さに鼻白むとともに、見た目と合わない話の内容に違和感しかなかったろう。    村西にはTが何かの原因で狂ってしまった天然に美しい若者としか思えなかった。      その美貌には整形によるもののような不自然さが微塵(みじん)も感じられなかった。  「ちょっといいか」    何だかよくわからない告白ショーになってるなと思いながら村西は口を開いた。    男の自分でも妙な気分になるほどの美貌のTが、今のオレのグレードは当時と比べてマイナス一〇〇で、こんなオレを好きになる女がいたら奇跡だとかいうくだりはどう考えても嫌みでしかなかったが、そう思わせない真剣さがTにはあり、村西に突っ込むのを躊躇(ためら)わせた。    こいつの価値観は自分たちとは全然違うのか? ひょっとして内面の話か? こんな事件を起こしてしまったから、人間としての価値がマイナス一〇〇だと言いたいのか? そんな風には聞こえなかったが……    そこに関しては謎でしかなかったが、今突っ込むべきはそこではない。 「おまえ歴代Z務事務次官を殺しまくった上にその身内の女性たちをも強姦しまくってるだろ。少しはそのことを考えろよ?」    そうなのだ。    Tの罪状は歴代Z務事務次官連続殺害だけでなく、その妻や娘やメイドも強姦していた。    そんな奴がオレはそんな大罪を犯したかだって? ふざけるなよこの野郎! 何寝言をほざいてやがる!     瞬間湯沸し器の村西はすぐ頭に血がのぼる。
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