第四話

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第四話

「確かにっ! 確かに小六から多分三十七歳くらいまでのオレは──長ぇよ! 生物学的な青春・性旬はもう終わってるわこの時点で! ──オレは増長していた、腰抜け小心者のくせに。だが、オレの人生がこうなったのは、それだけが原因とは思えない。オレにそういう人生を選ばせた大いなる力が働いていたとしか思えない。どう考えても、オレたち一家は呪われてたろ。妹はインドで消息を絶ち、オレはご覧の有り様。誰に原因があるのか知らんが、オレたち一家の血は絶えるのか。毎日毎日、毎分毎秒、あのときこうしていればアカネとこんなことやあんなことできたのに……! という後悔と経験できたはずのシチュエーションに責め苛まれている。地獄だ。この呪いは一生続くのか。どう考えても、この呪いの原因はオレじゃない。じわじわと真綿で首を絞める呪い、子孫を残せず、全てを失い血筋が断絶する呪いか。それは無意味に、本当に無意味に天皇家に敵意を抱いた、抱かされた、父親によって! ──そのせいなのか? だとして、今頃・今更それがなくなったところで、オレに失った・失わされた数々の幸運の帳尻合わせはあるのか? てかほんとにそれが原因なのか? そんなことが? わからないよオレには。もう何もわからない。いや天皇家への敵意の刷り込みなんか関係ない! 生まれた時点で呪われてるだろ、K産党員の父親と白痴(はくち)の母親──それ以前にまともな人間じゃない、どう考えてもまともな青春時代を送ってない、あいつら揃って。恋愛とか皆無の青春だろ、だから恋愛とか敵視するのか、自分の息子がすることさえ! 人生で何が重要で大切か、その根本! 本質! 人生の意味! 人生で何が一番大事か全くわかっていなかった! ──この二人の子として生まれた時点で! ……オレの本名はクソ平凡な苗字でよ。それなのに父親は俺の名前に、ある蔑称(べっしょう)に使われる字に似た字をつけやがった。人並みのの頭があればこんな字をつけたらどうなるか普通は予測できるからそもそもつけないがな。自分は、かっちゃ数の子(にしん)の子、とか名前でからかわれた過去を持つ身の──こんなの気にするレベルかよ? こんなしょうもないことつまでも覚えてるくせに──予測できんか? それかあいつ──父親のことだけど──そもそもオレを自分の子かどうか疑ってた(ふし)がある、だからわざとこういう字をつけやがった可能性もある。あとオレの周りに変な奴が多過ぎた、N、Nのババア、Sのババア、Y、K、M、最初の中学にいた変なガキ、オレを〇〇、〇〇呼びやがって。でも今列挙(れっきょ)してて思ったが、相手にしなきゃよかったんじゃねえの? いやオレはこのとき既に母親父親に洗脳されて、見た目は兎も角、頭は相当おかしなガキだったと思うよ、周囲から見たら。オレにはその自覚全くなかったけど。だから余計に面白がってからかわれてたかもしれん。そして気にしない、相手にしないという発想ができなかった、というか、できない精神構造になっていた。今ならわかる、今なら。自立の精神を教えられていなかった、ていうよりわざとそういう教育をしていたのか? どう考えても小六の時点でオレは親を越えていた。既に身長は親より高かったし。もうあいつらの言うことは無視して自立すべきだった。なのに、頭では糞しょうもないクズ・カス親とわかっていながらそのバカ親にしっかり依存していた! そいつらの言うことは根拠のないデタラメ・嘘ばっかとわかっていながらそいつらの言う通りにしていた! 当時の何もかもが狂っていたとしか言いようがない。そもそも何故勉強するか? いい大学に入って卒業していい企業に入って他人より金を稼ぎ、金持ちになっていい女と結婚する為。つまり、消防・厨房・工房のどこかの時点でいい女を手に入れればそこで勝ちじゃねえか!」  消防は小学生、厨房は中学生、工房は高校生のことだ。 「金稼ぐのが目的なら、スポーツ選手になってもいいし、芸能人になってもいいし、ヤクザになってもいい。目の前にいい女、アカネ、イコール、オレの人生の答え、がいたのに、わけのわからん将来の為に無視して、目的のわからない勉強して、今の状況・今のオレだよ。……オレほんと死んだほうがいいんじゃねえか。客観的に見て完全に失敗してる、終ってる、オレの人生。天皇家なんかどうでもいい。そうさ最初っからな! オレに奇跡はあるのか? てか今までのオレの人生がまさに悪い意味の奇跡としか言いようない。こんな人生あり得ん。死ねばいいのか?」  とうとう親のせいで天皇家を無意味に敵視したことによる呪いがどうとか言い出した。    それは当たっているのかもしれない。しかしこうなるともう何が何だか。    マジなのか演技なのか、Tの激情に任せた告白ショーはまだ続く。 「オレはほんっっっっっとバカだったなー。もう死ぬしかない。アカネが最初で最後のオレの女神だったんだ。それをオレは……死んだほうがいいな。父親がK産党員でバカ過ぎだった。母親が多分生まれつき頭がおかしかった。何よりこいつらは腰抜けの臆病者だった! こいつらは社会不適合者だった! こんな奴らの言う通りにしたオレが極めつけの大バカだった!! オレは世間を知らな過ぎた。世間知らずが両親だったから仕方なかったかもしれないが。薄々両親が世間知らずのバカってことにオレは気づいてた。だが目を瞑ってたんだ。それでこうなった。死ぬしかない。あまりにもウブだった。中一にもなれば、彼女、イコール、キスOK 、おっぱいモミモミチューチューOK が常識だったのに、バカ親二匹に完全に洗脳されて、そういうことはやっちゃいけないって思い込んでた。やりたくてしょうがない本能が正しかったのに! やって当たり前だったのに! やっても何も問題なかったのに! もうチャンスはない! ……死ぬしかないだろ。子孫が残せないなら生きてたって意味がないわ。オレは呪われてるだろ。こんな人生、こんな運命。呪われてるだろどう考えても。いや、仮にアカネと付き合ったとして、オレがアカネの乳首をチューチュー吸ったとき、強すぎて痛い! とか言われて、それで興冷めして、じゃあ別の女でってなったかもしれん。アカネがオレの最初で最後の女神じゃなかったかもしれん。それでもオレの生涯で最大のモテ期だったあの中一のときにハジけなかったオレがバカだ。だが親がそれを望んだのは間違いない。あの弱虫親二匹は、てめえらが安穏と暮らすために我が子の自由を押さえ付けた! 縛り付けた! 糞親が! 毒親が! 悪魔が! あいつらは悪魔だ! オレはもう死ぬしかない。生きてたって意味がない、子孫が残せないんだから。子孫が残せない雄は失敗作だ。淘汰される。なんでこうなった? 理由は散々言った。中一のときの選択ミスだ、人生のな。やり直せないのか? もう一度中一から。絶対無理か? やり直せないなら死ぬしかないだろ。アカネは敬虔(けいけん)なクリスチャンだった、はずだ。当然オレと付き合えますようにって神に祈っただろう。それでオレたちは付き合えなかったってことは、そのほうが彼女の為になるからだ。神が彼女を守ったのだ。彼女をオレから守ったのだ。だから彼女は今も昔もずっと幸せだ。間違いない。ヤバイ。今これを思い出してる時点で怒りがどんどん溢れてくる。ムカついてしょうがない。どうせ死ぬんだ、やってやる!」  洪水のような怒濤(どとう)の如きTの告白ショーはまだ続く。  やってやるって、もうやっただろ!   そう怒鳴りつけようとしたとき、嗚咽(おえつ)が聞こえた。うんざりした調子で舌打ちをしながら村西はTの肩越し、その向こう側に目をやる。  記録係の島田刑事だ。  彼は刑事になるくらいだから正義感は人一倍強い。感受性も強かった。  先ほどは、Tに比べて自分は何と幸運だったかと、余りにも恵まれた己のこれまでの人生を神に感謝し感激の涙を流したのだったが、今度こそ、Tのよくわからないが、とにかく凄まじい後悔と呪詛の念に満ち溢れた奇天烈な告白に完全に感化されていた。霊媒が悪霊に乗り移られたようなものだった。  可哀想過ぎる、この男、可哀想過ぎる! 俺ならとっくに死んでるっ、こんな惨めな人生、あり得ない。気の毒になぁ。  心の底からそう思っていた。  村西と違い、島田はTは整形し、手足は骨延長(こつえんちょう)手術で伸ばしたのだろうと考えていた。  島田を度外れた馬鹿と思うなかれ。  繰り返すが、村西と違い、Tを正面から凝視せずに話だけ聞いている島田に、整形はともかく骨延長手術などという突飛な発想をさせしめる、魔力のごとき迫真の響きがTの声にはあった。 「泣くなっ!」  村西は一喝した。  この男Tに同情される資格なんかない。おまえはTのために泣いたことを後できっと後悔する。そのとき三度目の涙を流すだろう。  視線を戻す。  Tは島田の嗚咽にも村西の一喝にもまるで無関心なのだった。Tの告白は続く。この後ついに最大の山場がやってきた。
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