こんなの絶対違う

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「先輩、それ確実に浮気っすよ」  時は遡ること3時間前。  隣で後輩受付嬢梓ちゃんがボソリと呟く。仕事中は綺麗な標準語と笑顔で接客する彼女は何を隠そう元ヤンだ。 「いやでも、本人に確かめた訳じゃ」 「最後に連絡取ったのいつっすか」  言葉に詰まる。だからやってしまったのだ。危機を迎えたカップル一番のタブーを。案の定、夢に見た久しぶりの逢瀬は私の中で人生最悪の事件へと変貌を遂げた。 「アポ無しで自宅突撃した先輩も先輩すけど、そもそも部屋から知らない女と腕組んで出てきた時点でアウト。結婚する前でよかったじゃないっすか。早々に切って次へゴー案件すね。典型的な」  私は何も言わなかった。  否、言えなかった。傷口に粗塩を塗り込まれた気分だ。もう次へなんて気分にはなれない。裏切られたショックより、何かを1から始めるというその気力が今の私にはなかった。  いつからだろう、何をするにも億劫に感じてしまうようになったのは。朝起きて仕事行って、風呂入って寝る。それで精一杯だ。  最後に口をついて出てきたのはもう染み付いてしまったいつもの口癖だった。 「結局私なんか彼と釣り合ってなかったんだよね」 「始まったよ、先輩の“なんか”が……ったく。先輩こっち」  ぐりんと頬を握られて梓ちゃんの方へ向き直る。ジロリと目を見られたあと両手を穴が空くほど見られた。 「会社前の大通り、出会いの相アリ」 「出会い?!」 「仕事終わったら()()()()()で闊歩してきて下さい。必ずあります」  梓ちゃんは深い紫色の瞳を光らすと私の背中をばちんと叩いた。 「でも私まだ別れた訳じゃ」 「待つ必要ないっすよ。やられたらやり返せ」  ああ元ヤン怖い。  彼女の占いは職場の女子にも人気で、滅多に占って貰えないが今まで外れたことはなかった。  彼との思い出が灰色に塗り潰されていく。愛されていると思っていたからこそ彼の高慢な態度も許せていた。今思えば頼りになるなんて耳障りのいい言葉ですり替えていただけかもしれない。  駄目だ、嫌な所ばかり目についてしまう。  次、かぁ……  そんなことを考えていたらあっという間に終業時間になっていた。
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