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なし崩しにここまで来てしまったがもう後には引けない。グラつく踵を何とか立たせて前を向いた。
大通りは帰宅を始めた人々でごった返している。疲労が滲む週末だが、花金のせいか誰もが華やかな顔をしていた。
とりあえず突っ立ってみたが、皆器用に避けて行く。どうやらこれは間違いらしい。
ふと目線を落とすとキラリとヒールが光った。そうか、闊歩すればいいのか。
コツン、と人ごみの中へ最初の一歩を踏み出した。10cmにしては歩きやすく、歩くほど不思議と心が弾む気がする。
何となく気持ちまでもが前向きになっていき、本当にこれから新しい出会いがあるのかもしれないと思うと、彼への不満や罪悪感も消え不思議と胸が高鳴った。
その時だった。
「うわっ」
消える夕焼け。尻からこみ上げる痛みとアスファルトの熱。
何かに肩を思いっきりぶつけた私はバランスを崩し派手に尻餅をついてしまった。
「ひっ、ヒール!!」
慌てて靴を脱ぎ確認するが幸い傷ひとつなく、尻の痛みも忘れホッとした。
一体何にぶつかったんだろう。
視線を上げると、1人の男性が目の前に立っていた。逆光でよく見えないが、見るからに高そうなヘッドホンをずらすと私にそっと手を差し出す。
ああ、この人にぶつかっちゃったのか。
そんなことを考えながら有り難くその手を取ろうとすると、頭上から想像より随分若い声が槍の如く降ってきた。
「は? 何勘違いしてんだよオバサン。それ、俺のだから取ってよ。ぶつかってきたのそっちだろ」
「……へ?」
あまりの不躾な言葉に思わず時が止まってしまう。ちらりと横を見ると、これまた高そうな長財布が私の隣に鎮座していた。
「あの……はい」
「ったく、前よく見ろよな」
彼は片手で軽々と私を立てらせた。よくよく顔を見れば実に整った顔立ちだったが、間違いなく大人じゃない。男の子だ。
なぜこんなオフィス街に学生が?
てか今コイツ私のことオバサンって言った?!
混乱する私を他所に彼はさっさとヘッドホンを付け直し踵を返していた。しかし、その瞬間なぜか梓ちゃんの声が脳裏に蘇る。
「え、嘘でしょ。いやいやないない、あんな糞ガキ」
首を振ってみるが、何度も梓ちゃんの声がこだまする。引っ張られた手首がまだじんじんと痺れ、今まで眠っていた第六感まで暴れ出した。
何これ、嘘だ。
こんなの絶対違う。絶対……
「ちょっと君!」
なんでヘッドホン着けてるのに振り返るのよ。
気がつけば人ごみに向けて私は声を張り上げていた。そして、彼も振り返っていた。ヘッドホンをずらして首を傾ける。黒髪がさらりと風に靡いた。
「しょっ、食事でもいかがですか?!」
あぁ、私
馬鹿だ。
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