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空手バックパッカーの弟子 VS 天狗になった道場生
タカとプレディの組手が始まりました。
タカはがっちりガードを固めせまいスタンスで腰をおとして構え、一方プレディーはひろいスタンスで軽やかに動き回ります。
プレディーはまるでジャブを打つようにスピーディーな回し蹴りをちょこちょこと出します。
ポイント制の試合形式によくある威力よりもスピードを重視した蹴りです。が、タカもボクシングで動体視力を養っておりますので簡単には当たりません。
すべて紙一重で見切っています。
タカはわりと余裕を持って戦っていますので序盤はほとんど攻撃せずにプレディーの出方をうかがっているようでしたが、そろそろ攻撃に転じはじめます。
プレディーの蹴りをかわすと同時に飛び込んで胸元に押し込むような突きをいれます。パンチというより押している感じの突きですのでプレディーはどんどん壁際まで後退していきます。
・・・勝負は見えたな。
私がそう思ったとき。
苦し紛れのプレディーがくるりと回転しながら後ろ回し蹴りを放ちました。タカはこれをすばやいスウェーバック(上体を後ろに反らすボクシングの防御)でかわしますが、蹴り足が伸びきる瞬間!
プレディーは軸足を10cmほどスライドさせました。
バチンと音がして蹴りがかわしたつもりのタカの顔面にはいりました。
・・・マズい!
タカは倒れはしなかったものの大きく後ろによろめきます。
「止め!」バトウ指導員が制止の声をあげますが、私はあわてて「いや!続行!続けて」と声をかけます。ここで止めたらタカの負けになってしまう。(そうなったら、後は私がやるしかなくなります。私が負けたらシャレにならん)
軸足をスライドさせる後ろ回し蹴りは、私も知識としては知っていましたがそれをタカには教えていませんでした。
したがってこの蹴りを貰ってしまったのは実に私の責任でしたが、このさいそんなことは言ってられません。
・・・なんとしてもタカに勝ってもらわなければ。
タカは少量の鼻血をだしておりましたが、ダメージはそれほど大きくないようです。
それよりも・・・タカの目つきが完全に変わっています。
・・・あ・・・キレてる。
「コロス・・・」
タカが小さな声でつぶやくのを私は聞き逃しませんでした。
もはやタカとプレディーの他には組手をしている者はいません。
全員がふたりの戦いを見ています。
「OK!ファイト。続けて」私が促します。
タカはふたたびがっちりとガードを固めて構えます。さきほどの蹴りで勢いづいているプレディーは、左足から跳ねるように飛び込んでの右中段の回し蹴りを放ちます。
これをタカは左肘を落としてのブロック!(これは蹴った方が大変痛い)
「ぐっ・・」
プレディーの顔が苦痛でゆがみます・・この瞬間を逃さず一気に距離を詰めるタカ。プレディーの左手のガードを自分の左手で内側に叩き落すように払うと同時に・・・
十分にタメを作った右のナックルを、プレディーのアゴのつけねのあたりに思い切り叩き込みました。
ガクンと膝が抜けるようにプレディーが崩れ落ちます。
「うわっ!や・・止め!!」バトウ指導員があわててタカを制止します。
私も走りより床に倒れているプレディーの様子を見ますが・・・
「大丈夫。続行。ほらプレディー、立って」
「・・・」
バトウ指導員が信じられないといった顔で私を見ますが無視します。
苦痛の表情で立とうとしないプレディーの道衣をつかんで「何やってる。立て」とむりやり引きずり起こします。
プレディーには気の毒なのですが、彼がタカに一発いいのをいれている以上は、ここで止めさせると良くて引き分け、下手すると日本人が顔面を蹴られた話だけがここに残ってしまうかもしれません。
徹底的にやるしかないのです。
「続行。はじめ!」
ここからはもうプレディーは恐怖で腰が引けてしまい、たまに蹴りを出してもまったく届きません。タカももはや顔面を叩こうとはしませんが、ボディや胸に容赦なく拳を叩き込みます。壁際まで後退しいやいやをするように手を振りながらうずくまろうとするプレディーを許さず、胸倉掴んで立たせておいて今度は膝蹴りをいれます。
時間にすればほんの2分ほどですがプレディーには何時間にも感じたに違いありません。
「よーし。止め。それまでだ」
私が声をかけるとプレディーは壁にもたれるようにして座り込み・・・泣いていました。
あまりに凄惨な光景にバトウ以下道場生全員の表情が凍りついていました。
もはや最初にこの道場に入ったときにみたような、ニヤニヤ笑いをしている者などひとりもいません。
・・・ま、いちおう道場なんだから、このくらいの緊張感はあってもいいか。
本日の稽古は終了!
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