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マリアは、人懐っこい笑顔でノアに手を振った。教室のみんなの目が一斉に、ノアに向けられる。驚きと嫉妬がごちゃ混ぜの視線、ひそひそと囁く声が聞こえる。
「なんだ、ノアは知り合いか? なら丁度いい。君の隣は開いているな」
担任はそう言うと、ノアの左となり、窓際の後ろから三番目の席に座る様、マリアに促した。マリアはちょこんと座るとノアのほうを向き
「よろしくね。ノア君」
と笑って、ペコリとお辞儀をした。マリアの髪が嬉しそうにふわりと揺れた。
ノアは、あの、可愛らしい人形のような少女に見惚れ、言葉を失う。頭の先から足の指先まで、甘い電流に打たれ動けなかった。心臓が早鐘を打ち、口から飛び出そうになる。
甘く、息苦しい幸福感に窒息しそうだった。
「ノア・・・くん・・・?」
マリアが身を乗り出し、ノアの顔を覗き込む。長いまつげに縁取られた、桑の実色の大きな瞳に映る自分の顔にハッと我に返ったノア。
「あっ・・・ゴメン。よろしく。えっと・・・マリア・・・さん」
目の前のキラキラと輝くその少女の名を呼んだノアは、照れ臭さと嬉しさで顔を真っ赤にし俯いた。
マリアは、嬉しそうに肩を揺らしてクスクスと笑った。彼女の動きに合わせて踊る細くしなやかな髪の輪郭が、窓からの優しい陽光で金色に輝いていた。
ノアの耳には、自分の心臓の鼓動と、周囲の男子の色めき立つ声、そして女子のやっかみを含んだ粘り気のある囁き声が森の蝉時雨のように音の壁となって貼り付いていた。
担任の大袈裟な咳払いと、指示棒で黒板をバチバチと叩く音でざわついた教室は水を打ったように静まり返る。
教室中の無音の視線を感じながら、ノアはマリアが見える様に、教科書をマリアの席と自分の席の真ん中に置いた。左肩越しに、少女の甘い髪の匂いを感じ、嬉しくて、恥ずかしくて、踊り出しそうになるのを堪え、ノアは背筋を伸ばした。
そして、ちらりと横を見る。
いたずらっぽい表情でノアを見るマリアと目が合う。マリアはやっぱり楽しそうにクスクスと笑っている。
つられて、ノアも笑った。足がもう、地面から浮き上がってこのまま登っていってしまうんじゃないかって言う程、ノアは幸福感の渦に翻弄されていた。
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