転校生。

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 午後四時、下校の時間。開け放たれた扉からは正面の並木道が見える。ノアは、緩やかな階段を五段駆け下りると、門まで続く、綺麗に手入れされた生垣の間を歩く。    門に近づくにつれ、通りの並木の間から湖のキラキラと揺らめく水面(みなも)が見えてくる。穏やかな陽の光は若葉を(たた)えた木々の美しい影を石畳の道に映し出している。  この街の春の夕暮れは遅い。  これからピクニックに行きたくなるような、ワクワクする春の陽気にノアの心は踊る。  マリアのあの、ノアを見つけた時の嬉しそうな笑顔を思い出す。心に芽吹いた、(ほの)かな期待にそわそわする。踊り出したい気分。  ふと、門の方を見ると、アーチ型をしたアイアンの門扉の脇、石積みの柱に添うようにして、マリアが立っていた。その小柄な少女は、ノアを見つけると嬉しそうに手を振る。  ノアが駆け寄ると、マリアは嬉しそうに笑い、少し首を傾けて言った。 「一緒に帰ろ」  右手に背の高い並木を見ながら、ノアとマリアは少し離れて並んで歩く。ノアは、小さい足でポクポクと楽し気なリズムを刻む少女に見惚れていた。  二人は並んで歩く。緩やかに下っていく、石畳の道。穏やかな笑顔で、ノアはマリアを見ている。  マリアは、手を後ろに組んで楽しそうに、はねる様にして歩いている。細く、しなやかな髪が嬉しそうに踊るたびに、優しい匂いがノアの鼻を(くすぐ)る。  やがて、港に向かう道と、ノアの家の方へ続く道とに分かれる二股にやってきた。ジョゼフの人形店がある場所。  マリアは、店の前でくるりとノアの方に向き直ると 「じゃあね、ノア君。私の家、こっちなの」  そう言って微笑(ほほえ)んだ。  ノアは不安になる。だって、この先は森だ。大人たちは決して一人で入るなという。こんな小柄で愛らしい少女が、一人で森を抜けて行くなんて。 「一人で森を抜けて行くなんて、危ないよ。だってあそこは怖い魔女がいて、子供たちを(さら)って食べちゃうって・・・! 」  送っていくよ・・・  ノアがそう言おうとした時、少女は、大丈夫だよと言って、クスクスと笑った。 「私のお母さん、大きくて強いの。お母さんが守ってくれるから、大丈夫」  この少女、マリアは森の中に住んでいた。  ノアの心は、安堵と微かな不安にかき回されていた。 「じゃあ・・・。おやすみ、また明日」  ノアがそう言うと、少女は嬉しそうに微笑んだ。あの、教室でノアを見つけた時の笑顔。ノアの心を一瞬で引き去ったあの笑顔だった。  
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