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ここは、ヨーロッパの片田舎。サン・プリュイ。
その名の由来は「恵みの雨」
山岳にひっそりと佇む街は、この地域に伝えられる神話の国と同じ名前を冠している。それは、遥か雲の上にあると言われる美しい伝説の地。人々の魂の還る場所。
そして、この小さな山岳の街も、神話の世界に違わず美しかった。
大きな港を抱える貿易都市ニコラスと、山深い炭鉱の町コールを結ぶ丁度中間に位置する小さな街。
穏やかな日差しと雨に恵まれた肥沃な土地に実る豊かな作物と、港からの新鮮な海産物、そして、周辺の遺跡を護る職人たちが集まって、小さいながら活気のある街だった。
まだ、この頃は魔法や魔術、まじないが今より生活に近かった時代。とは言えその殆どがこの数世代のうちに廃れてしまっていた。今では火を使う職人、鍛冶屋や料理店、パン屋などが火を起こす時に精霊の力を借りる位しか、日々の生活で使われることはなくなってしまった。
多くは、夜ベッドの中で母に聞かされるおとぎ話の中の出来事。それでも、まだ儀式的に日常の様々なところで感じることが出来た。
人形にまつわる哀しい儀式もその一つだった。
街の中心を通る石畳の街並みの東のはずれから更に階段状の細い街路を下っていくと崖に沿って緩やかに下っていく道がある。それは街のはずれで二股に別れる。炭鉱の町、コールに向かい上っていく左の道と、港を持つニコラスへ降りていく右の道だ。ニコラスへは、深い森を通らなくてはならなかった。そこは、残忍な魔女が棲むと言われ恐れられていた。
そして、通りが二股に分かれるその真ん中には小さな人形店があり、いつも可愛らしい人形たちがガラス越しに、道行く人々に優しい笑顔を向けている。
この街では、古くから子供が十四歳になると、人形を与える習わしがある。
十八世紀の初め、疫病で多くの子供たちが命を失った。そのほとんどが不思議と、十四歳の子供たちだった。そしてこの疫病は、森に棲む恐ろしい魔女の仕業とされた。人々は祈った。二度とこのような悲劇が起こらない様に。
以来、悪い魔女が、子供たちの魂を抜き去っていかない様に、14歳になる年に身代わりとしてその子と背格好のよく似た人形を持たせる様になった。
当然、人形には魂があると信じられていた。子供たちの身代わりを務めるための魂。
そのための儀式。それは、木製の身体の胸の部分に懐中時計を仕込むというものだった。
悲しい宿命を背負った人形たちは皆、優しい微笑みを浮かべている。そのどれもがどこか儚げで、見る者の心を奪うほど美しかった。
今年、十四歳になる靴職人の息子、ノアもまた、ショーウィンドウに飾られた一体の人形に心を奪われていた。
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