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サン・プリュイの春。
ノア達が通う、サン・ルネ学園(Saint Renée école secondaire) は、この国の多くがそうであるように、カトリック教のもとにある。
初等教育と中等教育一貫の学校で、ノアは中等前期の三年目、八年生にあたる。この街では八年生と九年生の二学年が毎年、春の祈願祭の時に聖歌を歌うことになっている。
この、祈願祭で讃美歌を歌う生徒達の姿は、この街の子供達にとって憧れだった。ノアや、クラスメイト達もまた、小さいころから憧れていた舞台に立てることが嬉しくて仕方が無かった。
マリアが転校してきてから二日目。二時間目の音楽の時間は、明後日行われる春の祈願祭で歌う聖歌の練習だった。
この街の誰もが知っている歌。『荒野の果てに』という曲。
ジョゼフが好きな歌だった。ジョゼフは、天気の良い日など、嬉しいことがあると、店の手入れをしながら良く鼻歌を歌っていた。歌いながら、飾られた人形を優しく撫で、埃を取り除いて綺麗にしてくれた。
マリアも、ジョゼフが嬉しそうに歌うのを何度も聞いていた、大好きな歌。
校舎の脇、小さな池のある庭園を挟んで向かいに併設されているサン・ルネ修道院の礼拝堂で練習が始まる。
礼拝堂の正面祭壇に向かって立つ生徒たち。その生徒たちの後ろ、扉の上の楽廊にあるパイプオルガンが静かに旋律を奏でる。
生徒たちの声が重なる。
静かに、静かに・・・
優しい歌声が響いていく。皆で頑張って練習した成果を披露する、二日後の本番に向けて心が一つになっていく。
九小節目に入る。
伸びやかな旋律・・・グローリア。
生徒たちの声が・・・止んだ。
ただ一人、マリアの声を置き去りにして、静まり返る。皆、一斉に声の方を振り返る。声が止んだことに気付かず、マリアの声はオルガンの旋律と踊る。
楽しそうに歌うマリアの声は、透き通った風のように皆の心を優しく撫でる。
皆、唯々聞き惚れていた。
一番を歌い終えた頃マリアは、周りが歌うのをやめていたことにようやく気付く。
右の掌で口を覆い、あっと、小さく声を上げると、オルガンの旋律を離れ、恥ずかしそうに俯いた。ざわざわと周りがどよめく。次第にそれは、マリアを囲み称賛の声に変っていった。
指導役のシスターの提案で、今年の祈願祭の讃美歌はちょっと変わった趣向を凝らすことになった。
一番の九小節目から十二小節目までを、それまでの可愛らしい生徒たちの声が一斉に静まったと思うと、パイプオルガンの音色の余韻に包み込まれる中、突然、マリアの澄んだ歌声が、伸びやかに響き渡ることになる。
想像してみて。
街の人たちが息を止め、耳を澄ますのが目に浮かんでくるでしょ。
そして、同じフレーズが繰り返される十五小節目から、今度は皆でマリアを包むように歌う声が、広がっていく・・・。
皆、街の人たちが驚く様子を想像して、クスクスと笑った。マリアだけは、突然の事で戸惑っていたけれど。
このことで、マリアは学校で誰もが知る存在になった。ノアといえば、この件でますます学校でマリアと一緒にいる時間が少なくなってしまったのが少し不満だったけど、マリアがみんなと楽しそうにしている姿を見るのはやっぱり嬉しかった。
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