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人形作りのジョゼフ。
街路が二股に分かれるその真ん中にある小さな人形店。その店主ジョゼフは独り身の老人だ。彼の家は祖父の代から人形作りを受け継いできた。丁度疫病が流行った直後から背負ってきた悲しい運命。
彼が作り出す人形たちは、どれも美しく、愛らしかった。だが、何処か儚げで、見るものの心を締め付けた。
それは、送り出す人形たちが身代わりとしての役割を背負っていたから・・・というだけではなく、彼自身、娘を十四歳の時になくしているせいかもしれない。
ある日突然、気味の悪い風と共に雷鳴が轟き、気付いた時には側にいたはずの娘は忽然と姿を消した。
何日も、何日も・・・
彼は妻とともに娘を探した。勿論、街の住人達も総出で探し続けた。
だけど二度とその腕に娘を抱くことはなかった。
五十年以上も前の出来事。だけど、その日から彼の時間は止まったままだった。
妻は、娘を失って間もなく、悲しみの中、彼の腕の中で静かにその生涯を閉じた。
そして彼は、すべてを失った。
荒れた日々。酒だけが束の間、すべてを忘れさせてくれた。だけど、醒めれば再び悪夢の中・・・廃人だった。
次第に酒では酔えなくなっていった。荒れ狂ったジョゼフは、工房を壊し始めた。すべてを消し去りたかった。
手当たり次第に壁に投げつける。だが、ふと振り上げた手が止まる。手にしたのは柔らかい感触。
振り上げた手の中で、作りかけの人形がこちらを見ていた。その瞳は、あの日手を離してしまった娘の様に、愛らしい瞳で寂しそうに彼を見つめていた。
ジョゼフはそれをそっと胸に抱きしめると蹲って静かに泣いた。
その日を境に、彼は酒を飲むのをやめた。
そして再び彼は人形を作り始めた。
人形たちには、彼の最愛の娘への記憶、想いが込められた。もう二度と同じことが起こらない様に、人形たちに、本当に子どもの身代わりとして、その使命を果たさせようとしていた。それは、単なる気休めの儀式に過ぎなかったかもしれない。だが、それ以来、この街の子供たちが消えることはなかった。
ある日、新しい人形がショーウィンドーの椅子に座らせられた。瞳の大きな、優しく穏やかな微笑みを湛えたその顔は、ジョセフの娘によく似た愛らしい顔立ちをしていた。
『彼女』は、あの日失ったジョゼフの愛娘マリィにちなんで、マリアと名付けられた。
朝日を浴びて、柔らかな髪に天使の輪がキラキラと輝いていた。
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