転校生。

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転校生。

 今朝、ノアの足取りは重い。  昨日の学校帰りにいつもの様に人形店のショーウィンドーを覗いたノアの目に映ったのは、ガラスに映り込んだ美しい街並みと、屋根が作り出す稜線の向こうに見える美しい夕焼け雲、そして、その向こうには自分に向かって微笑んでくれる(はず)の少女の姿が・・・無いのだ。  いつも、ちょこんと座って、可愛らしい内向きの脚を椅子の前脚に添わせる様に座っていた、あの少女の姿が無い。  そこには、古びた赤いビロード貼りの椅子だけが寂しげに佇んでいた。  今朝も、ちらりと店内を覗くが、やはり “彼女” は居なかった。売られてしまったのだろうか・・・。  或いは、注文の主が引き取りに来るまで飾っておいただけかも知れない。  そう思い、トボトボと学校に向かった。  教室に着き、ノアは自分の席に座る。窓際から2列目の、後ろから3番目の席。  ノアは窓の外に目をやる。学校の柵の向こうはノアの住むサン・プリュイの街と、炭鉱の街コールを結ぶ石畳の道が見え、時折、四頭の馬が積み荷を(うずたか)く積まれた貨車を引く姿や、人を運ぶ馬車の姿を見ることが出来た。  その向こうには、背の高い並木の先に草原が見え、なだらかに下っていった先には、キラキラと陽光が躍る湖が見える。学校の課外授業で訪れたり、友達同士、そして、二つの街に住む恋人たちに人気の場所だった。  特に、山間(やまあい)に沈んでいく夕日が映り込む水面(みなも)は、言葉を失うほど綺麗だった。  校舎の三階から見える湖の姿は、(しお)れたノアの心を少しだけ癒してくれた。  窓から見える湖に想いを馳せていると、教室の前の扉が開き、担任の先生が入ってきた。  (ひげ)を蓄え、彫の深い顔立ちの担任はやせ型の初老で、いつも難しい顔をしている。 「入りなさい」  少し高い、しゃがれ気味の声で、先生がそう言うと、小柄な女の子がおずおずと教室に入ってきた。 「紹介しよう。転校生の、マリア・プィチ君だ。ほら、マリア君」  そう、先生が促すと、マリアは胸の前で両手をぎゅっと握りしめて周りを見渡す。そして、まるでずっと探し続けた一輪の花を見つけた様に、一点を見つめ、そして、嬉しそうにほほ笑んだ。(こぼ)れる様な優しい笑顔の向かう先には、肘をついたまま驚いたように彼女を見つめる、ノアがいた。
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