42人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
転校生。
今朝、ノアの足取りは重い。
昨日の学校帰りにいつもの様に人形店のショーウィンドーを覗いたノアの目に映ったのは、ガラスに映り込んだ美しい街並みと、屋根が作り出す稜線の向こうに見える美しい夕焼け雲、そして、その向こうには自分に向かって微笑んでくれる筈の少女の姿が・・・無いのだ。
いつも、ちょこんと座って、可愛らしい内向きの脚を椅子の前脚に添わせる様に座っていた、あの少女の姿が無い。
そこには、古びた赤いビロード貼りの椅子だけが寂しげに佇んでいた。
今朝も、ちらりと店内を覗くが、やはり “彼女” は居なかった。売られてしまったのだろうか・・・。
或いは、注文の主が引き取りに来るまで飾っておいただけかも知れない。
そう思い、トボトボと学校に向かった。
教室に着き、ノアは自分の席に座る。窓際から2列目の、後ろから3番目の席。
ノアは窓の外に目をやる。学校の柵の向こうはノアの住むサン・プリュイの街と、炭鉱の街コールを結ぶ石畳の道が見え、時折、四頭の馬が積み荷を堆く積まれた貨車を引く姿や、人を運ぶ馬車の姿を見ることが出来た。
その向こうには、背の高い並木の先に草原が見え、なだらかに下っていった先には、キラキラと陽光が躍る湖が見える。学校の課外授業で訪れたり、友達同士、そして、二つの街に住む恋人たちに人気の場所だった。
特に、山間に沈んでいく夕日が映り込む水面は、言葉を失うほど綺麗だった。
校舎の三階から見える湖の姿は、萎れたノアの心を少しだけ癒してくれた。
窓から見える湖に想いを馳せていると、教室の前の扉が開き、担任の先生が入ってきた。
髭を蓄え、彫の深い顔立ちの担任はやせ型の初老で、いつも難しい顔をしている。
「入りなさい」
少し高い、しゃがれ気味の声で、先生がそう言うと、小柄な女の子がおずおずと教室に入ってきた。
「紹介しよう。転校生の、マリア・プィチ君だ。ほら、マリア君」
そう、先生が促すと、マリアは胸の前で両手をぎゅっと握りしめて周りを見渡す。そして、まるでずっと探し続けた一輪の花を見つけた様に、一点を見つめ、そして、嬉しそうにほほ笑んだ。零れる様な優しい笑顔の向かう先には、肘をついたまま驚いたように彼女を見つめる、ノアがいた。
最初のコメントを投稿しよう!