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そこに"塔"があった。
あの塔を見た時から、あの頂上で死にたいと思った。
世間ではあれを塔とは呼ばないかもしれない。
ただの歪な形の高層ビルと呼ぶだろう。
しかし、上へ行くほどに、か細くなっていくビルの形状はまさしく塔に見えた。
頂上には、猫の額ほどに狭い屋上スペースがあるという意味不明な設計もまさに塔だと思えた。
数年前に、この塔によじ登り、その頂上の狭い屋上スペースに入り込んで、そこから飛び降り自殺した者がいるらしいが、その気持ちがよくわかる。
飛び降りたのは、塔を設計した建築士だった。
あの塔は、誘っているのだ。
というより、本当は設計した建築士の自殺用に作られた塔なのだ。
猫の額ほどに手狭な屋上という、意味不明なスペースの存在意義はそれしかない。
あの塔の頂上で爆死するつもりだ。
あの塔が、"そうしろ"と誘っているのだ。
周りの高層ビル群は、こちらを誰でもない人ごみの一部として、都市の藻屑として徹底的に見下しながら、冷酷かつ優しく何も言わないだろう。
高層ビル群に、優しく見守られながら、都市の藻屑からも消滅する。
それでいい。
背中のリュックに入っている爆弾には大した威力はなく、簡素な手製だが、自分一人が爆死する程度の威力はあるだろう。
そう言えば、さっきネットのニュースで見たが、あのネカフェで見た黒人が拳銃不法所持で逮捕されたらしい。
どうやら拳銃の密売人だったようだ。
怪しい外国人だなとは思ったが、そんなのはこの街にはゴロゴロいるから、いちいち気にもしていられない。
自分だって、似たようなものだ。
どうせ何もかも無意味だ。
そのことに決着を付けたつもりだったのに、また嘘で塗り固められた無意味に逆戻りした。
虚無感と空しさ、倦怠感で身体まで気怠くなり、結局、訳も分からぬまま、この塔の頂上まで昇ってきた。
この真夜中に。
全ては、漆黒に近いブルーに染まっていく。
もう取り返しのつかない闇だけが待っている。
全ては隠蔽されたのだ。
何もかも。
遠くの方に何かが見えた。
漆黒の真夜中の夜空に、幽かに見える飛翔体。
それは徐々に近づいてきた。
何でも構わない。
自分には関係のないものだ。
何が真夜中の暗黒に飛び交おうと、全てはもう終わっているのだ。
だが、飛翔体は、目前まで近寄ってきた。
それは大量の傘の群れだった。
夥しい数の傘の群れがこちらを取り囲んだ。
それがさらに近づいてくる。
いつのまにか傘の大群は、こちらの腕や足に絡みつき、がんじがらめの身動き出来ない状態に拘束してきた。
何だ?
何が起きている?
そんなことを冷静に考えている暇もないほど素早く、傘の大群は、漆黒の夜空に飛翔し始めた。
勿論、こちらを拘束しがんじがらめにした状態で。
いつの間にか、暗黒の夜空を飛んでいた。
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