2

1/1
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

2

そこに"塔"があった。 あの塔を見た時から、あの頂上で死にたいと思った。 世間ではあれを塔とは呼ばないかもしれない。 ただの歪な形の高層ビルと呼ぶだろう。 しかし、上へ行くほどに、か細くなっていくビルの形状はまさしく塔に見えた。 頂上には、猫の額ほどに狭い屋上スペースがあるという意味不明な設計もまさに塔だと思えた。 数年前に、この塔によじ登り、その頂上の狭い屋上スペースに入り込んで、そこから飛び降り自殺した者がいるらしいが、その気持ちがよくわかる。 飛び降りたのは、塔を設計した建築士だった。 あの塔は、誘っているのだ。 というより、本当は設計した建築士の自殺用に作られた塔なのだ。 猫の額ほどに手狭な屋上という、意味不明なスペースの存在意義はそれしかない。 あの塔の頂上で爆死するつもりだ。 あの塔が、"そうしろ"と誘っているのだ。 周りの高層ビル群は、こちらを誰でもない人ごみの一部として、都市の藻屑として徹底的に見下しながら、冷酷かつ優しく何も言わないだろう。 高層ビル群に、優しく見守られながら、都市の藻屑からも消滅する。 それでいい。 背中のリュックに入っている爆弾には大した威力はなく、簡素な手製だが、自分一人が爆死する程度の威力はあるだろう。 そう言えば、さっきネットのニュースで見たが、あのネカフェで見た黒人が拳銃不法所持で逮捕されたらしい。 どうやら拳銃の密売人だったようだ。 怪しい外国人だなとは思ったが、そんなのはこの街にはゴロゴロいるから、いちいち気にもしていられない。 自分だって、似たようなものだ。 どうせ何もかも無意味だ。 そのことに決着を付けたつもりだったのに、また嘘で塗り固められた無意味に逆戻りした。 虚無感と空しさ、倦怠感で身体まで気怠くなり、結局、訳も分からぬまま、この塔の頂上まで昇ってきた。 この真夜中に。 全ては、漆黒に近いブルーに染まっていく。 もう取り返しのつかない闇だけが待っている。 全ては隠蔽されたのだ。 何もかも。 遠くの方に何かが見えた。 漆黒の真夜中の夜空に、幽かに見える飛翔体。 それは徐々に近づいてきた。 何でも構わない。 自分には関係のないものだ。 何が真夜中の暗黒に飛び交おうと、全てはもう終わっているのだ。 だが、飛翔体は、目前まで近寄ってきた。 それは大量の傘の群れだった。 夥しい数の傘の群れがこちらを取り囲んだ。 それがさらに近づいてくる。 いつのまにか傘の大群は、こちらの腕や足に絡みつき、がんじがらめの身動き出来ない状態に拘束してきた。 何だ? 何が起きている? そんなことを冷静に考えている暇もないほど素早く、傘の大群は、漆黒の夜空に飛翔し始めた。 勿論、こちらを拘束しがんじがらめにした状態で。 いつの間にか、暗黒の夜空を飛んでいた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!