0人が本棚に入れています
本棚に追加
ダークエルフの男
乾く、乾いて乾いて乾いて堪らない……。
男は殺戮者だった。
理由はない。
敷いて言うなら乾いていたから、生まれ落ちた時より胸の内には大きな虚があった。
幾つの街を焼いたか分からない。幾つの命を奪ったか分からない。
これから幾つの命を奪い続けるのか分からない。
ただただ、男は満たされなかった。
大剣を振るい目に映る全てを破壊した。奪い、命を壊し尽くした。
幼い子も、命乞いする母も、立ち向かう若者も、全てが等しく同じ見える。
悲鳴を聞くと少しは虚が満たされる気がした。
命を奪っている間だけは、乾きを忘れる事が出来る。命のやり取りでのみ、心は満たされた。
そういうものだと思っていた――。
感慨もなく、今日も一つの村を焼いた。目に映る全ては破壊しなくてはいけない。耳に届く音は全て悲鳴で埋め尽くさなければいけない。
そうしなければ、とても耐えられなかった。
虚があるのだ。
深く、深く……。
乾く、喉が渇く、耳鳴りがする。
早く、もっと殺さなければもっと手を赤に染めなければ。
本能のまま、剣を振るった。
気がつけば、また何も残っては居なかった。
満たされるのは一時だけ。
また次の村を探さなければいけない。
大剣をひきずりながら、男は山へと入っていった。
無性に喉が乾いた。
軽い方針状態が続いている。
鼓膜に悲鳴の残滓が残っている。
網膜に赤い血しぶきが焼き付いている。
脳髄が恐怖に引きつった人々の行像で埋め尽くされている。
ああ、なんて……清々しく、満たされるのか。
きっと、また数刻もしないうちに胸には虚が広がるのだろう。
それまではまだこの残滓に浸っていたかった。
誰かに呼ばれた気がして振り返る。
誰もいない。
ここ数日、そんな事が続いていた。夢の中でも誰かに呼ばれた気がする。誰かが呼んでいるのだ。ずっと自分の事を。
そろそろ気が狂って来たのかもしれないと思った。
人は男をダークエルフと呼んだ。褐色の肌に赤い瞳、かつて魔王に魂を売ったエルフの末裔たち。
殺戮と破壊衝動に任せるまま、命を奪うことしか出来ない者達。
その評価を否定する気はなかった。実際、その通りだったから――。
生まれ落ちた瞬間から、ただただ血に飢えて生きてきた。
そうして生きて、そうして死んでいくことに何の疑問も無い。
だが、数百年もそれが続いたせいか、近年になって自分の中にある虚に気が付き始めた。
血が欲しい、乾いて仕方がない。
森の中、川を見つけて水を貪った。
血の味には程遠い。
虐殺直後の為か、川の水でも十分満たされた気がした。
欲を言えば、もっと殺したい――。
血で乾きを満たしたい。
折角の残滓も冷たい水で洗い流されてしまった。
もっと血が欲しかった。
弾かれたように男は顔を上げた。また、声がしたからだ。
呼ばれるような声。
もっと……血を……。
もっと……命を……。
骨の髄まで砕き叩き割り、壊してしまいたい。
自然と、森の奥に足を運んでいた。
不意に歌声が耳に響いた。
人がいる――。
引き寄せられるように足はそちらに向いていた。
まだ殺せる――。
また血が見れる――。
また悲鳴が聞ける――。
ただそれだけしか、男の頭には存在していなかった。
最初のコメントを投稿しよう!