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プロローグ
いつまで切ればいいのか分からない。
ただただ男は剣を血で染めた。
緑生い茂る森の中、雪崩れ込んできた人の波は多勢に無勢という言葉がなんだったのかと思える程あっけないものだった。
大剣を携える剣士の身体は鍛え上げられているものの巨躯ではない。ただ褐色の肌をしていた。男が大剣を一薙ぎする度に多くの命が足元に散っていく。
胸の奥に去来する高鳴りを感じながら男は思う。
全てはこの高鳴りから始まったのだ。
兵士達の鎧も盾も薙ぎ払う剛の剣は止まらない。止まったのは炎の礫を受けた時。
「魔法が有効だ」
勢いづいた一言に口元に浮かべたくなる笑みを堪えた。身を焼く炎が胸を滾らせる。向けられる剣が旨を焦がす。
背後に忍び寄る死の影が埋めがたかった溝を満たしていく。
視界に腕が舞った。
放物線を描きながら、血を撒き散らかして宙で踊る。その腕が自分の腕だと気がつくのに時間はいらなかった。
結局、自分にはここしか無いのだと実感する。
頭にふっと少女の悲しげな笑みが浮かんだ。
この結末が望まれないものだということが分からなくはなかった。
行く場所が違いすぎたのだ、立つ場所が世界が違いすぎた。
だから、この結末は間違っていない。
残った腕で強く剣を握る。
兵士達がこれでもとばかりに炎の礫を降らせる。怯んだ男の胸を貫いたのは一本の槍だ。
剣を握る手はそれでも離さない。身体を一本、二本と貫かれていくたびに過ぎるのは少女の笑顔ばかりだった。
乾いて堪らなかった。求めても求めても、殺しても殺しても満たされなかったもの。
口元が血の筋が流れていく。
怨敵の跪く姿に勢いづく兵士達の歓声。何が嬉しいのか、周りに広がるのは屍ばかりだというのに、兵士達は狂喜の声を上げる。
手から剣が毀れ落ちた。
一瞬だけ、男は目を細めて笑う。
男の目はやはり兵士達ではなく、どこか遠くを映していた。
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