ダークエルフの男

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ダークエルフの男

  乾く、乾いて乾いて乾いて堪らない……。  男は殺戮者だった。  理由はない。  敷いて言うなら乾いていたから、生まれ落ちた時より胸の内には大きな虚があった。  幾つの街を焼いたか分からない。幾つの命を奪ったか分からない。  これから幾つの命を奪い続けるのか分からない。  ただただ、男は満たされなかった。  大剣を振るい目に映る全てを破壊した。奪い、命を壊し尽くした。  幼い子も、命乞いする母も、立ち向かう若者も、全てが等しく同じ見える。  悲鳴を聞くと少しは虚が満たされる気がした。  命を奪っている間だけは、乾きを忘れる事が出来る。命のやり取りでのみ、心は満たされた。  そういうものだと思っていた――。  感慨もなく、今日も一つの村を焼いた。目に映る全ては破壊しなくてはいけない。耳に届く音は全て悲鳴で埋め尽くさなければいけない。  そうしなければ、とても耐えられなかった。  虚があるのだ。  深く、深く……。  乾く、喉が渇く、耳鳴りがする。  早く、もっと殺さなければもっと手を赤に染めなければ。  本能のまま、剣を振るった。  気がつけば、また何も残っては居なかった。  満たされるのは一時だけ。  また次の村を探さなければいけない。  大剣をひきずりながら、男は山へと入っていった。  無性に喉が乾いた。  軽い方針状態が続いている。  鼓膜に悲鳴の残滓が残っている。  網膜に赤い血しぶきが焼き付いている。  脳髄が恐怖に引きつった人々の行像で埋め尽くされている。  ああ、なんて……清々しく、満たされるのか。  きっと、また数刻もしないうちに胸には虚が広がるのだろう。  それまではまだこの残滓に浸っていたかった。  誰かに呼ばれた気がして振り返る。  誰もいない。  ここ数日、そんな事が続いていた。夢の中でも誰かに呼ばれた気がする。誰かが呼んでいるのだ。ずっと自分の事を。  そろそろ気が狂って来たのかもしれないと思った。  人は男をダークエルフと呼んだ。褐色の肌に赤い瞳、かつて魔王に魂を売ったエルフの末裔たち。  殺戮と破壊衝動に任せるまま、命を奪うことしか出来ない者達。  その評価を否定する気はなかった。実際、その通りだったから――。  生まれ落ちた瞬間から、ただただ血に飢えて生きてきた。  そうして生きて、そうして死んでいくことに何の疑問も無い。  だが、数百年もそれが続いたせいか、近年になって自分の中にある虚に気が付き始めた。  血が欲しい、乾いて仕方がない。  森の中、川を見つけて水を貪った。  血の味には程遠い。  虐殺直後の為か、川の水でも十分満たされた気がした。  欲を言えば、もっと殺したい――。  血で乾きを満たしたい。  折角の残滓も冷たい水で洗い流されてしまった。  もっと血が欲しかった。  弾かれたように男は顔を上げた。また、声がしたからだ。  呼ばれるような声。  もっと……血を……。  もっと……命を……。  骨の髄まで砕き叩き割り、壊してしまいたい。  自然と、森の奥に足を運んでいた。  不意に歌声が耳に響いた。  人がいる――。  引き寄せられるように足はそちらに向いていた。  まだ殺せる――。  また血が見れる――。  また悲鳴が聞ける――。  ただそれだけしか、男の頭には存在していなかった。
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