彼と煙草

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彼と煙草

私は、彼の煙草の匂いが嫌いだった。 といっても彼のは電子煙草なのだが。 「嫌な匂い」 顔をしかめながらそう告げると、彼は笑いながら 「そうか?甘い良い匂いじゃん」 と、楽しそうに煙草をくゆらせる。 そして吐いた紫煙に、私が更に顔をしかめさせるのは言うまでもない。 ここまではいつもの、何度も繰り返されたテンプレ。 でも、その日は少し違った。 私が熱で寝込んだ日の事。 熱がある時は心が弱ってしまうからか悪夢をよく見るようで。 彼がいなくなってしまう夢を見た。 夢が何の脈絡もないものだとは思っているけど、その時は本当に怖くて。 目を覚ました私に安心感を与えてくれたのは、 嫌っていたあの匂い。 彼がそこにいる事を何よりも先に教えてくれた。 そして、視線をずらせば、彼の顔。 一応は看病してくれていたのだろう。 ベッドの側で携帯を見ながら煙草を吸っていたらしかったけど。 彼は私に気がつくと、 「大丈夫か?」 と体を寄せてくる。 思わず抱きついた。 至近距離で嗅いだ彼の匂いは、 やっぱりあの甘ったるい匂いが混じっていて。 「嫌な匂い」 そんな彼の煙草の匂いが。 「って言いながら、何か嬉しそうだな」 彼の匂いを歪めるような匂いが。 「えー、気のせいじゃない?」 少しだけ好きになったある日の話。
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