「子どものあそび」

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「子どものあそび」

 大学で同じサークルに所属する、一つ年上の辺見先輩という女性から聞いた話だ。  彼女が中学三年生の頃、学校内で悪質な遊びが流行した。  友達の背後から気配を消して近付き、背中にA4サイズほどの紙をセロハンテープで貼りつける、というものだ。  その紙には様々なことが書かれていて、内容は仕掛けた人間によって異なる。  例えば「阿保」「馬鹿」「間抜け」など、紙を貼られたことに気付かない相手を揶揄する言葉があらかじめ書いてある、というのがほとんどだった。  そこから派生して、「好き」と書いて告白する、というものも出て来た。  しかし紙を貼られた人間は相手が誰なのか思い当たる場合もあれば、そうでない場合もある。これがまた実に気味が悪く、遊びにしても本気にしても、貼られた側はいい迷惑だったそうだ。  学校中でその貼紙遊びが大流行し、教師たちの間でも問題視され始めた頃、新しいパターンが生まれた。  ある時、背中に貼紙を貼られた感触に気が付き、後ろを振り返ると誰もいない。  背中に手を回し、貼紙を取って確認すると、そこには文字ではなく真っ赤な手形が押されている、というのである。  この新しい怪奇パターンが、流行に拍車をかけたという。  学生時代の流行など一過性でしかないとはいえ、誰とも知れぬ人間の手形である。中には同じ手形のコピーが出回ることもあったが、そのほとんどが書道で使う朱墨を用いた本物の手形だったそうだ。手の込んだ遊びだと思う。しかし、今聞いてもなんとなく気持ちが悪い。  学校の流行であったのが、救いだった。いわゆる怪談話や都市伝説とは違って、事象の流れが把握出来ている。その為、もちろん迷惑で気持ち悪くもあったが、自分もまた流行の中にいるのだという安心感もどこかにはあって、そこまで深く人の深層心理に傷をつける遊びではなかった。  ところがだ。  ある日、辺見先輩が廊下を歩いていると、トン、と誰かに背中を押された。  まただ。  そして振り返っても、やはりそこには誰もいない。  たまたまその時廊下には彼女しかおらず、イタズラを仕掛けた人間も見当たらない。  走って逃げたにせよ、実に上手く隠れたものだと感心し、背中に手を回した所、貼紙はなかった。  セロテープが貼りつかず、どこかへ落ちてしまったのだろうか。  周囲を見回しても、それらしき紙はない。  まあ、ついていないならいいか。  そう思って帰宅し、その晩お風呂に入ろうと脱衣所で衣服を脱ぎ去った瞬間、鏡に映った自分の背中を見て絶叫したという。  辺見先輩の背中には、真っ赤な人の手形がくっきりと押されていたそうだ。  
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