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今日も朝から暑いっ。どうなってやがる日本の夏っ!
教室のクーラーが全然効きやがらねえ。
窓を全開にしてた方が潮風が入ってきて涼しい気さえする。
「トオギおっぱよ。ほんでスズメちゃん落とすアイデアは浮かんだんか?」
前の席のチロが俺の顔を見るなり話しかけてきた。
昨日はあんな風に偉そうに啖呵を切ったものの、クラスメイトを落とすテクなんてものは持ち合わせてはいない。
ナンパみたいな軽薄な口説き文句ならアホほど出てくるのだが……
「……壁ドンとか頭ナデナデとか顎クイとか?」
答えが気に入らなかったチロから思いっきり頭をどつかれた。
「そんなもんもう古いわ!今は肩ズンに耳ツブにおでこトンや。逃げようとしたら腕ゴールテープしたったらええねんっ。」
はぁあ?なんだそれ?
耳ツブ?ツブ貝の仲間にしか聞こえん。
肩ズン·····女の子の肩に頭を乗せること。
耳ツブ·····女の子の耳元でつぶやくこと。
おでこトン·····指先で女の子のおでこをツンと触ること。
腕ゴールテープ·····片手で女の子の体を引き止めること。
他にもおでこコツンに壁ギュッに指チュウ。
床ドン、肘ドン、足ドン、股ドン、手首ドンとかもあるらしい。
なんでもかんでも省略すりゃいいってもんじゃねえだろ。
ドンドン鳴りすぎて太鼓かって感じだ。
「おまえら朝からなにふざけた会話してんの?」
朝が苦手なイチ君が欠伸をしながら教室に入ってきた。
チロが賭けに勝つために口説き方を伝授してるんやと自信満々に説明する。
全然役立ちそうな気がしないのだが……
「そんなもん相手は転校生なんだから教科書見せてやるなり優しくしてやりゃあいいだろ?」
確かにイチ君の言う通りだ。
スズメちゃんは新しい土地、新しい人間関係に不安を抱いているはず……
そこに隣の席の俺、イケメン君が優しくしてあげたら普通にキュンてくるはずだ。
「トオギの方が有利な立場なんだから、負けるなんて許さねえからな。」
イチ君は俺をギロりと睨んだあと、寝ると言って自分の席に突っ伏した。
イチ君怖い……
スズメちゃんは予鈴が鳴ったあとにようやく教室へとやってきた。
暑そうに襟元をパタパタとさせている。
「スズメちゃんおはよっ。あっぶね、遅刻するとこだったじゃん。」
「あんたには言われたくない。」
これって昨日俺が遅刻したことへの嫌味だよな?
てかなんだよ…スズメちゃんも俺のことを惚れさなきゃいけないんだよな?
にしては態度が素っ気なさすぎやしないか?
「俺はMじゃないんだけど?」
「……いきなりなに言ってんのよ。」
「俺は清純派が好きなんだよ。」
「だからなに言ってんの?」
「おまえ勝負忘れてなっ……」
「汐田うるさいぞっ!」
担任の先生に怒られた。くっそお。
スズメちゃんが紙を小さく畳んで俺に投げてきた。
『忘れてないから。バーカ!』
スズメちゃんの方を見るとベッと舌を出されてしまった。
あぁくそ……
それ可愛いんだって。
スズメちゃんは新しい教科書を夏休み中に用意していたようだった。
俺の計画は呆気なくポシャった。
……って、あれ?
一限目の古文の教科書がない。
俺が鞄の中身をあたふたと探すのに気付いたスズメちゃんが、机をくっつけて教科書を見せてくれた。
見た目とは違うさり気ない優しさに思わずキュンとな……
なっ、なんで俺がキュンてなってんだっ。
逆だろ、逆!
その様子を見ていたイチ君とチロに物凄い形相で睨まれた。
二人とも怖っ……
次の物理の教科書も鞄に入ってなかった。
どうやら曜日を間違えて用意してしまったらしい。
スズメちゃんはバッカじゃないのと言いつつも見せてくれた。
「ドジな男の子ってそそられない?」
「そそられない。」
「スズメちゃんの好みってどんなヤツ?」
「古文と物理の教科書忘れない人。」
冷たく返されてしまった。
……そう来るか。
スタートダッシュ完璧に誤ったよな。こっからどうやって巻き返していこうか……
帰りにどっか誘ってみる?
どこが喜ぶだろう…そもそも断られたら意味ねえし。
誘い方も大事だよな。
あれこれと考えていると、スズメちゃんの頭がコクリコクリと揺れているのに気付いた。
眠いのかと思い横を見ると、俺の肩にフワリと乗っかってきた。
こ、これは………
チロが言ってた肩ズンてやつだっ!
スズメちゃんの寝息が耳元で聞こえてくる。
なんかムニャムニャとつぶやいてるし……
はっ!これは耳ツブじゃねーかっ!!
なんだよコレ…破壊力ハンパねえじゃん。
すっげえドキドキするっ。
チロに言われた時はなに二次元なこと言ってんだと思ったけど、実際女の子からされたらキュンなんてもんじゃねえ!
スズメちゃん、シャンプーの良い香りするし……
「トオギ…おまえホンマなにやっとるんや?」
授業が終わると、前の席に座るチロが俺達を振り返って呆れたような顔をした。
「チロ静かにしろ。スズメちゃん起きちゃうだろ。」
「もう起きとるわっ。ちゅーかわざとやわざと!俺らの会話聞いとったんやろ。」
えっ……?
まだ俺の肩に頭を乗せていたスズメちゃんがクスクスと笑い出した。
ウソだろ…全部演技だったの?
スズメちゃんは頭を起こし席から立ち上がると、俺のことを見下ろした。
「たかがこれくらいのことで動揺しすぎ。さすがドウテイ君。」
俺に向かって中指をおっ立ててそう言い放つと、教室から出て行った。
ウソだろ。マジか…マジなのか……
ちょっとアリかもって思い初めてたのに……
「トオギ、素直に負けを認めた方がいいかもな。あの子の方が一枚も二枚も上手だ。」
イチ君が俺のことをなだめるように肩を叩いた。
「同感やな。早めに降参して金額を半分にしてもらうように交渉してこい。」
はぁあ?!
なんでこんなにコケにされたのに許しを乞わなきゃなんねえんだっ。
俺の純情をもて遊びやがって…あったまにきた!
俺は絶対負けねえっ!
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