彼女はウソつき 中編

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次の日の朝、スズメちゃんの家に続く分かれ道のところでしばらく待ってみたのだけれど、スズメちゃんは現れなかった。 もしかして今日も来ないなんてことはないよな? その原因が俺の昨日の告白のせいだとか言われたら、俺もう泣いちゃう…… 重い足取りで学校へと自転車をこいだ。 「トオギっ、ちょっとこっち来い。」 下駄箱に着くとイチ君が血相変えてやって来て、俺を体育館の裏まで引っ張っていった。 こんなに慌ててるイチ君を見たのは初めてかもしれない。 「イチ君、なに?」 「今日の朝、全校生徒の下駄箱にこの怪文書がランダムに入れられてたんだ。」 イチ君の手にはたくさんの紙が握られていた。 その紙に大きく書かれていた文字を見て俺は愕然とした。 『二年C組、眞白 スズメの母親はヒトゴロシ。』 ──────なんだよ…これ……… 「裏にはご丁寧にもネットから拾ってきた低俗な週刊誌の記事まで載せてやがるよ。」 イチ君に託され、裏をめくる…… ウソだろ?スズメちゃんが、こんな…… そこに書かれていたことを読んでいたら吐きそうになってきた。 それはスズメちゃんの母親、眞白 真奈美(まなみ)が二年前に侵した殺人事件について、スキャンダラスに書かれていた。 未亡人、娘の担任と淫らな恋。 娘に寝取られ嫉妬のあまり恋人を殺害。 眞白 真奈美は夫を事故で亡くし、その後中学生だった娘の担任、田所 裕司と恋人関係となった。 昨年の9月19日午後5時50分ごろ、眞白が自宅に帰ると娘の部屋で田所と娘がベットで真っ最中だったところを発見。 逆上した眞白は鈍器のようなもので田代の頭を殴打して殺害した。 その現場を、眞白の娘はどのような思いで見ていたのであろうか…… 自分がしたことにより、母親を殺人者にしてしまったのだ。 その記事にはスズメちゃんの顔写真まで実名入りで載っていた。 まだあどけない、中学三年生のスズメちゃんが海で微笑んでいる写真だった。 スズメちゃんがこの街に一人で引っ越してきたワケってこれなのか? 余りにも生々しい記事に持つ手が震える…… 信じるな…こんなのはデタラメだ。 スズメちゃんがこんな子のはずがない。 「下駄箱にまだ残ってたのは全部回収した。でももう持ってったヤツもいて…チロが他の人には口止めしてもらうように学校中を走り回ってくれてるんだが……」 誰がこんな悪質なことをしたんだ? これじゃあウワサが回るのなんて時間の問題だ。 そんなことになったらスズメちゃんが学校に居れなくなる。 「大変やっ!二人ともすぐ教室まで来てくれっ!」 チロに連れられ、俺達は自分のクラスの教室へと急いだ。 教室の前の廊下では、クラスメイトがザワつきながら中の様子を眺めていた。 なんなんだこの状況は? 「チロ…みんななんで中に入らないんだ?」 「カギがどっかいってもうたからやっ。今委員長がスペアキー借りに行ってくれてるらしいけど…それよりも窓から黒板見てみぃ!」 そこには怪文書と同じ文字が黒板全体にチョークで書かれていた。 『眞白 スズメの母親はヒトゴロシ。』って…… 予鈴が鳴った。 スズメちゃんが来てあの黒板を見るのだけは避けたい。 俺は近くの窓ガラスを拳でぶん殴った。 痛ってぇ…ガラスって思ったより硬い。 「なにやっとんねんっトオギ?!」 「スズメちゃんが来る前にあの黒板を消したいんだよ!カギがないなら無理矢理入る!」 「……トオギはホンマに単純バカやなぁ。まあここは俺に任せろ。」 チロは大阪にいる時は格闘技を習っていた。見た目の割にはめっぽう強い。 チロが足を高く上げて窓ガラスを蹴り割ろうとしたのをイチ君が慌てて止めた。 「おまえらはバカか!鞄とかホウキを使えっ。怪我するだろっ!」 イチ君の言う通りだ。 頭に血が上っていた。少し冷静にならないと…… 俺が自分の鞄を大きく振り上げた時、ようやく委員長がスペアキーを持って帰ってきた。 「早くっ、早く委員長カギ開けて!」 「待ってトオギ君。手が震えちゃって……」 委員長のすぐ横で急かしていると、廊下でザワついていたクラスメイトがシーンと静まり返った。 まさか…… クラスメイトの視線を一心に浴びて、スズメちゃんが立っていた。 男子生徒がニヤニヤしながらスズメちゃんに近寄る…… 「なあ、眞白。この記事って事実?おまえ担任の先生とヤッたの?」 あの野郎…なんてこと聞きやがるんだっ! 「止めなよ!担任の先生を好きになるなんてよくあることじゃん。」 俺が動くより先に、委員長がその男子生徒からスズメちゃんを庇うように間に割って入った。 「悪いのは眞白さんのお母さんであって眞白さんは恋をしただけ。そうよねっ眞白さん?」 「……バカみたい。」 スズメちゃんは冷めたトーンでポツリと吐いた。 スズメちゃんの顔は氷のように冷たくて、自分のことを庇ってくれた委員長を冷ややかに見つめていた。 全ての物を拒絶するかのようなその態度に、みんなヒソヒソと騒ぎ出した。 「なにあの態度…怖すぎ。」 「さすが母親の彼氏とヤッちまう女は違うよな。」 なんでみんなあんな記事を信じるんだよ。 スズメちゃんもスズメちゃんだ…そんな煽るようなことしたらますます事態が悪化するだろ…… 「なんなのこの騒ぎは!」 本鈴が鳴って担任の先生がやってきた。 「先生。私がいたんじゃ騒ぎが収まらないと思うので帰ります。」 スズメちゃんはそれだけ言うとクルッと後ろを向き、何事もなかったかのように廊下を歩いていった。 俺…… なに黙って見送ってんだよ!! 追いかけるとしてどう声をかけたらいい? 今のスズメちゃんを励ます言葉って…… はっきり言って俺の頭なんかじゃ思いつかない。 いや…言葉なんて…… 言葉なんていらないっ─────── 「イチ君。お店のシーカヤックって今から借りれる?」 「多分大丈夫。二人乗り用だよな?親父に連絡入れとく。」 「チロっあの黒板消しといてくれ!」 「あいよ。こっちのことは全部任せとけや。」 二人にバシッと背中を叩かれ、俺はスズメちゃんのあとを追いかけた。
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