第二章

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第二章

 郡樹の村は、石を積み重ねた家がぽつぽつと建つ小さな村だった。  お婆さんは、真(ジュン)という名前らしい。優しい人で、夏の暑さの中旅をしている二人を見かねて、自分の家で涼んでいくように勧めてくれた。  お婆さんの家も、他の家と同じくらい小さかった。家具といえば、寝台やカマドなど、最小限の物があるだけで、花の刺繍(ししゅう)がしてある布のお守りも、壁で色あせていた。  楽瞬と香桃は縁台に座って冷たい水をごちそうになっていた。 「と、言うわけで、僕は詩歌官なんですけど、途中で熊に襲われて……」  色も艶出しも塗っていない小さなイスに腰掛け、楽瞬は自分が詩歌官であることと、熊に襲われたことを語った。 「へえ、まだ小さいのに、お役人様なんですねえ。まあ、まあ」  熱心に聞いていたお婆さんは、話がひと段落すると顔を曇らせた。 「無事でよかったわねえ。最近、熊やら野犬やらが急に凶暴になってねえ。人里にまで下りてくるようになったんだよ。まだ食べられてしまった人はいないけど、いつ襲われるかと思うとね」 「へえ」  なんだかおかしいなあ、と楽瞬は思った。  熊は、意外と怖がりで、人里にはなかなか出てこない物だ。出てくるとしたら、気候の影響で食べ物の無くなった時だけれど、それなら他の山一帯も同じような状態になっているはず。けれどそういった話を聞いたのはこの村が初めてだった。 「何もない所だけど、今晩はこの家に泊まっていくといいよ。山から来たってことは、次は隣の洞村に行くんだろ? これから昼飯食べて出発したらつくのは夜になるよ。危ないから」 「あ、ありがとうございます」 「最近は本当に変なことばかり起こってねえ。どうしてこうなったんだか。おまけに、幽霊騒動も……」 「これ、婆さん!」  お婆さんの言葉を遮った声で、初めて楽瞬は家の奥にお婆さん以外の人がいるのに気がついた。小さな衝立ての影にいて気付かなかったらしい。  体を傾けて覗いてみると、お爺さんが怒った顔でこっちを見ている。 「くだらない事をお役人さんに言うんじゃない!」 「は、はい。すみませんね」  お婆さんは、何食わぬ顔で話題を変えた。  何か、この村には熊のほかにも厄介事があるのだ。ちらりと耳に挟んだ事によると、多分幽霊が現れる、というのだろう。それをお婆さん達は隠している。  香桃もその事に気が付いたらしい。主と護衛が目くばせをしたとき、若い女性の怒鳴り声が聞こえた。 「ちょっと、どういうことよ!」  気になった楽瞬は立ち上がって怒鳴り声のした方へ走り出した。 「ちょ、楽瞬様! すみません、彼は好奇心旺盛なもので……」  主(あるじ)が急に席を立った無礼をわびて、香桃は楽瞬の後を追った。
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