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服に引っ付いた糸を手繰って、蜘蛛がするする寄ってくる。 『お嬢ちゃんのその服も、もっとよく見せとくれ。  これはベロア? それとも天鵞絨(ビロウド)?  おや、ずいぶんと草臥(くたび)れてること。  これじゃあ飛ぶことも出来なかろう?  (あたし)が仕立て直してあげよう。あんた専用の糸が要るけど』 私専用の糸? それってどこで手に入るかしら。 蜘蛛さんのものではいけないの? 『(あたし)の糸で編んだんじゃあ、あんたでなくなる。  生糸が作れないんなら……そうか、だからマヨヒガか。  もらっておいで。ひとつだけ』 どこにあるの、と訊きかけた時、バサリと空から風の羽。 「ひっ」と短い声をあげて、蜘蛛はぽとりと地に落ちた。 『ホッホッホゥ。騙されちゃイカンよ、お嬢さん。  芸術家なんて聞こえは良いが、こやつはただの蒐集家(コレクター)。  星も月も呑み尽くしたから、新しいのが欲しいのよ』 『いきなり何さ、知ったかぶりの()()(ロウ)が!  あんたの空いた胸の刺繍を  誰が(つくろ)ってやったか、忘れたか!』 後ろ脚で立ち上がって、蜘蛛がシューッと糸を吐くと (フクロウ)もまた、翼を広げてドームをつくる。 『もちろんだとも。忘れるものかね、おまえに縫われた心の臓。  (うず)めるよりも見栄えばかりで、おかげで隙間風が絶えず吹く。  忘れたくとも、一瞬たりとてそうさせぬ』 (フクロウ)の胸の中には見事な満月。金の刺繍。 けれど暗い月の海から ひゅごうひゅごう なんとも言えない吐息が漏れ出て 小さな蜘蛛はひゅおっと飛ばされ、そのままどこかへ見えなくなった。
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