2.源ミナミ

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2.源ミナミ

 (ひいらぎ)高等学園、二年五組の教室。  今日は一時限目に席替えがあった。アミとエリカは窓際の一番後ろ側の席で隣同士の席になり、二人は大喜びしていた。  その一方で、アリサだけは一人遠く離れた席になり、教室の入口側から数えて一番目の前から三番目というわりとハズレの席のクジを引いてしまった。  自分だけ孤立してるみたいで、なんか嫌な感じだ。  ノブナガはと言うと、教壇の真ん前の列の一番前の席。そんなことは今はどうでもいい。  目の前の席には石黒(いしぐろ)アカリ。クラスで一番物静かな女子生徒。背が小さくショートの髪型のせいか、彼女は何となく幼く見え小学生に見えてしまう。  それ以外の周りの席は全員が男子生徒の上、誰一人として喋ったことが一度もない生徒ばかり。  立地的にもメンバー的にも全く恵まれない環境だ。アリサは一人ふて腐れた。そのせいもあり、席替えがあってから今日はアミたち二人とはまだ一言も喋っていない。  昼休み時間になり、一日の一段落がついた。    当たり前のことなのだが、この席になってから嫌でも石黒アカリの背中が視界に入ってしまう。  「さあグロ、お昼ご飯行きましょう」  長く綺麗な黒髪の女子生徒が石黒アカリに話しかけてきた。  クラスで一番うるさいとの評判の女子グループのリーダー、杉原(すぎはら)マリエ。彼女はグループのリーダーだけあって、とにかくうるさくて落ち着きがない。  「美人なのになあ……」とクラスの男子生徒たちは皆が口を揃えて彼女のことをそう言っている。  マリエの横には二人の女子生徒が立っている。  一人はバレーボール部の次期キャプテンで大柄な体格の島袋(しまぶくろ)アサミ。  彼女は女の子ながらに短髪にしている。背が大きいのも手伝ってか、遠くから見て上半身だけ見ると、島袋アサミはまるで男子生徒に見える時がある。はたから見てると杉原マリエのボディ・ガードみたいだ。  そしてもう一人、杉原マリエの腰巾着である石毛(いしげ)サヤカ。彼女は杉原マリエと全く同じ髪型をしている。杉原マリエの真似してるのか? 実は今まで彼女の顔をじっくりと見たことがない。  何となく石黒アカリと杉原マリエのやり取りをつい眺めてしまう。  今まで全く気にもしてなかったが、石黒アカリ本人はすごく物静かな女の子の印象だ。そんな彼女の印象とは対照的に、周りの人間関係はとても賑やかなようだ。  (しゃべらなくて済むから楽なのかな……)  一方的にマリエがアカリに話しているのを見ていると、何となくそんなことを思ってしまう。  (ああ、お腹すいた……)  アリサはおもむろに鞄の中から、持参した弁当の入った手提げ袋を取り出した。  藤木さん、と突然アリサを呼ぶ声がした。  「藤木さん、藤木アリサさん」  聞き取りやすいはっきりとした口調の少女の声。何気に声のする方を振り返る。そこには(みなもと)ミナミの姿があった。  黒髪のショートボブの女子生徒がこちらを見ている。少し癖っ毛で、それがあどけなさを演出していて、とても可愛らしい出で立ちの美少女。  源ミナミが男子生徒たちから絶大なる人気を誇るのも少し分かる気がする。  彼女はクラスの学級委員長で学校の生徒会にも所属している。そして来年の生徒会長には、彼女がなるのではと噂されている。  けれどもアリサはこの源ミナミという女子生徒があまり好きではない。ていうか、同じクラスの女子生徒たちの中で、彼女を慕う者がいるのかすら疑問に思ってしまう。  はい、とアリサはとりあえず返事をした。  「ミナミね、ちょっと藤木さんにお話したいことがあるの。ちょっと今から視聴覚室に一緒に来て欲しいんだけど、いいかな?」と彼女はにっこり微笑んだ。  源ミナミとは同じクラスというだけで全くと言っていいほど接点が無い。けれどもそんな彼女が話があると言っているので、とても真剣な話なのだろう。とりあえず行くしかない。  アリサはおもむろに席を立ってから、何気にアミたち二人が座っている窓際の後ろの席の方を見た。この後三人で一緒に食堂に向かう予定だったからだ。  二人とも心配そうな顔でこちらを見ている。そんな二人にアリサは苦笑いをしながら首を傾げて合図を送った。すると二人も苦笑いしながら相槌を打って返してきた。  今度は源ミナミに見えないように、先に食堂に向かうように二人に手を振って合図を送った。  「時間があまり無いの。早くして」  ミナミの方を振り返ると、彼女は笑っている。けれども目が笑っていない。明らかに不機嫌になっている。  (うわっ、ヤバい……)  ごめんなさい、とアリサはミナミに一言謝り、大人しく彼女の後を付いて行った。  同じ校舎で同じ階のしばらく歩いた場所に視聴覚室がある。その視聴覚室の入り口の前に差しかかった所でミナミは立ち止まった。  「さあ、入って」  彼女に促されるままにアリサは視聴覚室の部屋の中へと入った。天井にプロジェクターが設置された広い空間。  五十人分ぐらいはあるだろうか、デザインが統一された長机とキャスター付きの椅子が綺麗に並べられている。  プロジェクターの照射レンズが向く先の壁は、一面が白く大きなスクリーンになっている。  普段から人気(ひとけ)が無いのは知っているが、部屋には誰もいないようだ。どうやらミナミと二人っきりらしい。  (何か少し気まずい……)  親しい関係性でもないので、こんな風に面と向かって源ミナミという女子生徒と話をするのは初めてだ。  (一体何の用だろう?)   アリサは何気に警戒心を強める。  「で、お話って何?」  アリサの方から話を切り出した。貴重な昼休み時間を潰されたという苛立ちもあり、少し感情的になってしまいつい語尾が強くなってしまった。  それを察してか、ミナミはしばらく黙ってこちらを見つめていた。  「へえ、実際はそんな感じなんだ。表向きは大人しそうでとっても可愛らしい女の子なのに、話してみると案外気が強かったりするんだね」と彼女のいきなり上から物言う口ぶり。  (何、この人? 感じ悪……)  「あの、私そんなに暇じゃないんですけど」  アリサは苛立ちを抑えつつも、わざとミナミに微笑みかけた。  「分かりやすい人。私はムカついてますって顔に書いてますよ? 貴重な昼休み時間を無駄にしてしまってごめんなさいね、藤木さん。いや、コードネーム・メサイア。いや、ウィザード・アリスと呼べばいいのかな?」  ミナミは不敵な笑みを浮かべた。
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