ローストビーフ

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「あ・・あの。。」 佑は戸惑い 防具と横井を交互に見た。 「正二兄貴がこちらにいらっしゃった頃は いつもここで稽古をつけて頂きました。 これはずっと使われていた物です。 是非 佑さんに見て頂きたいと思いまして。」 そう言って ニッコリと笑みを浮かべる。 親父の防具。。 きちんと手入れされ 年月が経っているにも 関わらず 綺麗な状態だった。 恐る恐る胴を持つ。 すげえ。。手刺しかな。 明らかにいい物なのが分かる。 オーダーメイドの一級品。。 とはいえ この状態でキープするのは 並大抵の事じゃない。 もうこの世に居ない人の物を毎日手入れする。 深い。 深い愛情を感じた。 「あ・・ありがとうございます・・。 もう使う事も無いのに これだけ綺麗に・・ 親父も喜んでると。。思います。。」 そう言いながら つい言葉尻が萎む。 こういう時 本当にガッカリするよな。 なんで自分には何の記憶も無いんだろう。。 覚えても無いのに 親父が喜んでるなんて 軽々しく。。。 横井さんは 伸びた背筋を更に伸ばし 俺を真正面から じっと眺め 頷いた。 「佑さん。宜しければ一手お願い出来ますかな。 かなりの腕前とお聞きしまして。是非。」 そう言って 防具を更に俺に近づける。 え? 今 ここで? ビックリして周りの皆さんへ目を向けると 明らかに 親父の年代で きっと親交があったであろう 方々が 期待の目を 俺に向けていた。 これを。。って事か。 親父の防具を使って欲しいと。 皆さんが願ってくれている。。 つい 助けを求めるように春へ視線を送ると この展開は読めてなかったのか 春は苦笑いを返し それでも コクンと頷いた。 ・・そうだよな。 こんだけ期待されて 断れる訳が無い。 ふう。と息を吐き出し 横井さんへと向き直る。 「あの・・。店に入ってから全然道場にも 通えていないので 素人同然なんですけど。。」 横井さんも 周りの方々もそんな事は どうでもいいとでも言うように ニコニコしている。 この人達。ホントにヤクザなのかな。。 新たな疑問が浮かびながら まあ。いいや。と 胴を板に置き すっと後ろにずれると 「御指南のほど 宜しくお願い致します。」 頭を深々と下げた。
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