ローストビーフ

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道着を貸してもらい身につけ 面と籠手を持ち 道場に戻ると 横井さんも既に防具を身につけ 正座して 俺を待っていた。 道場は静まり返り 皆さんが遠巻きに 俺たちを眺めている。 春は俺の視線に気づくと ニコッと微笑んだ。 これだけで気持ちが落ち着くんだからな。 春が居れば 大丈夫だってもう身体が覚えてる。 正座して 面と籠手を板に置き ふう。と 息を吐き出した。 なんでかわかんないけど。 垂と胴を付けただけで しっくりとくる。 まるで自分の物みたいに。 親父の身長も体格も何も知らない。 似てるとは言われるけど 体型も似てるのかな。 それに。。 久しぶりに気持ちが湧き立つ。 ああ。俺。 やっぱり好きなんだな。。 なんで剣道を始めたのかも覚えてない。 多分 親父がやらせたんだろう。 気づけば竹刀を振っていて いつもそばにあった。 仕事を始め 道場に通えなくなった事も 仕方がないと諦めて。 でも。 やっぱり辞めたくなかった。 諦めてばかりで 続ける方法を探してもこなかった。 最近 庭で木刀を振るだけで 身体が喜び もっともっとと思う。 落ち着いたら また考えようかな。 諦めるのは もうやめた。 面を取り 付けて 紐を縛る。 久しぶりの感触。 でも なんかしっくりくる。 籠手をつけ 竹刀を持つと立ち上がり 道場の中心に進み出た。 横井さんと相対し 一礼すると 蹲踞の姿勢を取り 竹刀を合わせる。 この緊張感。。 やっぱり好きだ。 同じく道着を着て 旗を持った神宮寺さんが 声を上げる。 「始め。」 立ち上がり 構えると 高揚した気持ちがすっと 落ち着き 周りの物音が一切聞こえなくなった。
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