5-怪奇ファイル 1  味噌舐め地蔵とろくろ首―その2

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5-怪奇ファイル 1  味噌舐め地蔵とろくろ首―その2

d4c30819-936e-4457-80d3-df32002cd26f 「フ~ッ」と一息ついてから女は話はじめた。 「私の生前の名は“幸子”、 ふざけた名前だよ全く。物心ついた時から不幸だけの一生だったのに幸子だってさ」薄ら笑いを浮かべ、ふて腐れた様に幸子はそう言って自分の生涯を話した。  幸子はこの街のごく普通の家庭に生まれ、裕福では無かったものの家族三人がそれなりに幸せに暮らしていた。だが、幸子が物心つく前に母親のちょっとした不注意から熱湯をこぼしてしまい幸子は大火傷を負ってしまう。救急車で病院に運ばれ緊急の手術が行われたが当時の医療技術では一命を取りとめるのがやっとであった。幸子の顔半分が醜く爛れているのはこのためである。    運命とは誠に冷酷なもので、幸子の身には更に不幸が襲いかかる。幸子が幼稚園に入ったころに両親が交通事故で亡くなってしまったのだ。身寄りのなかった幸子はすでにこの時点で天涯孤独となってしまい、やむなく児童養護施設に入ることになった。施設に入ってからも幸子は容姿のせいで子供達からは怖がられ、疎まれ、次第に孤立して一人で過ごす日々が続いた。    そんな幸子も大人になり社会に出て働くようになったが、やはりその容姿のせいで一人ぼっちの日々が続いていた。同級生たちは皆彼氏や彼女が出来て、まさに“青春を謳歌する”といった感じで日常の暮らしを楽しんでいるようだ。幸子にはそんな周囲の人間が恨めしくて仕方がない。(皆不幸になればいいのに・・。)と心の奥底で世間を呪うような言葉を呟きながら毎日をやり過ごしてきた。そんな幸子にもようやく恋人が出来たのだが・・・。 「初めて出来た男だったんだ。最初は優しかったよ、でもね~・・・」  相手の男はチンピラまがいのろくでなしで、この手の男にはお決まりの“飲む、打つ、買う”が仕事の様なクズであった。 「結局、全部搾り取られて捨てられたのさ・・・」  それ以来幸子は世間に対する恨みと男への復讐心から、妻子持ちの男性を狙って横取りしようとしたり、男に生命保険を掛けて殺そうとしたりと思いつく悪事の限りを行ってみた。しかし、不慣れなためか全てが未遂に終わり警察でこっ酷く説教されて追い返される始末だった。そんなことを繰り返していた幸子だったが、ある日一人の男に出会う。 「この人は本当に良い人だったんだ! こんな私の全てを分かった上で付き合ってくれたんだよ。それに、結婚の約束までしてたんだ・・・。でも・・・、ある日彼が腹痛を訴えて病院に行ったんだ。そしたら、腸に悪性の腫瘍が出来てるって医者が言うんだ・・・。当時の医療では手術は難しく、薬で延命するしか手が無いって・・・。絶望したよ、でも私は諦められなかった。だから、そこの味噌舐め地蔵に毎日お参りして祈ったんだ、腹にたっぷりと味噌を塗ってね!!」 そう言って恨めしそうに味噌舐め地蔵を睨みつけた。 「あ~、あの時の・・娘か?・・・」  そう言って地蔵は絶句した。  辰也もかける言葉がなく黙って話を聞いていた。 「このくそ地蔵、バカ地蔵! お前らの腹にたっぷり味噌を塗って祈ったのに、私の便秘が治っただけで肝心の彼の腫瘍は広がるばかりさ。結局、三か月も経たずに彼は逝っちまったんだ。お前らなんて味噌漬けにでもなっちまえばいいんだ!!」  幸子は恨みつらみを吐き散らした。お地蔵さんたちはもはや怒りもすっかり消えて、幸子に対する申し訳なさと不憫(ふびん)さでいっぱいになった。 「・・・。すまんのぉ~~! これ、この通りじゃ、許してくれとは言えんがわしらも仕方がないんじゃよ。病に苦しむ者が自分と同じ患部に味噌を塗って祈るから救えるのじゃ。他人の代わりは出来んのじゃよ。だからあんたが来てわしらの腹に味噌を塗ったのであんたの便秘が治ったんじゃよ。それに味噌の乳酸菌は日本人に合ってると思うがのぉ~~!」 おい爺さん、ボケをかましてる場合では無いぞ!  婆さんも不憫そうに話しかける。 「それにしても不憫じゃのぉ~、あたしには良く分かるよ。女子(おなご)の身で幼い頃からその顔になってしまったのでは・・、さぞかし辛かったろう。可哀想に、せめて子供の頃に “面面美様(めめよしさま)” にお参りしておればのぉ、何とかしてくれたかもしれんがのぉ~」 「? “面面美様(めめよしさま)”??、何ですかそれ?」  辰也がギョッとして聞き返す。 「おお、そうじゃった。面面美様か、下町の神社に居る神様じゃ。何でも面面美様の石造を手で撫でて、その手で自分の顔を撫でると美人になると言うご利益がある神様だそうじゃ」 「へ~、こりゃまた変わった神様だ! ?神様?? 神様かぁ~?!、神様なら何とかなるかも?。 俺にちょっと考えがある!」 そう言って辰也が左腕に話しかける。 「もしもし貴さん、もしも~し!」 「ハイハイ、あら辰也さん! 今煮物を作ってたのよ。どうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって、今こっちに来れるかなぁ?」 「相談て何かしら?、いいわ今そっちに行くわ!」  するとほどなくして後光に輝く貴湖姫が現れた。 「こちらが貴湖姫です!」と辰也が紹介すると、お地蔵さんと幸子は驚く。 「ほ~、こりゃまた随分と別嬪なお姫様じゃのぉ~。惚れ惚れするわい」爺さんは感心しているが、幸子はムッとして嫌味を言い放つ。 「何だい、こんな女を連れてきやがって!私に対する面当てかい?」  辰也は嫌味を言う幸子を“まあまあ”となだめてから事の顛末を貴湖姫に話した。 「なるほどね~」と貴湖姫はしみじみと聞いていた。 「幸子さん、あんたが辛い思いをしてきたのは分かるけど、あんたはうわべに捕らわれるあまり物事の本質を見抜くことが出来ていない」  辰也がもっともらしい事を言う。 「うるさいねぇー、大きなお世話だよ!」 「仕方が無いなぁ~! 貴さん、貴さんの正体を見せてあげてよ!」 「そうね、いいわ。でも気絶しても知らないわよ!」  まるで悪戯っ子の様にニヤリと笑うと貴湖姫の姿が霧の様に消えて行き、目の前には巨大で厳つく強面の龍が現れた。 「ヒェ~~! お助け~~! ナンマンダブ・ナンマンダブ・ナンマンダブ・・」  驚いた幸子が訳の分らない事をわめきだす。 連られて爺さんまでも。 「ウェ~~! 助けてくれ~~。 オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ~~!」 「コラぁ~爺さん、わしら地蔵が地蔵菩薩真言を唱えてどうすんじゃ、ボケ! それにこの寺は曹洞宗で、浄土宗でもなけりゃ真言宗でもないわい。このボケ地蔵!」 「まあまあまあ、そんなに怖がらないで下さいよ! 貴湖姫は見た目は厳つい強面だけど心はとっても優しい“龍神様”なんだよ!」  そう言って辰也は皆をなだめる。 「私は、高龗の神の“貴湖姫”です!」 「ほー、龍神様じゃったのかい?、ありがたや・ありがたや」 「貴さん、面面美様なら何とかなるかなぁ~?」 「あ~、埴山さん家のメメちゃんね! 下町 (この街は河岸段丘の地形であり、上を上町(うえまち)下を下町(したまち)と呼んでいる。下町と山の手ではないのだ!) に榛名神社と言う社があるの。榛名山にある榛名神社総本宮の埴山姫神(はにやまひめのかみ)の御霊を勧請した神社よ。他にはタケ(倭建命(ヤマトタケルノミコト))ちゃんやオオクニ(大国主命)さんも居るわ。メメちゃんは埴山さんの分身の様な神様なのよ。メメちゃんなら何とかしてくれるかもね。行って話をしてみましょう!」 「貴さん、ありがとう!」 そうと決まれば“善は急げ”である。貴湖龍が四人の前にうつ伏せになり皆を背中に乗せる。 「皆様、当機はこれより榛名神社へ向かいます。離陸の際は安全のためシートベルトをお締めください!」  そう言って皆を乗せて貴湖龍は天高く昇って行った。 「ほー!龍神様の背に乗って空を飛ぶとは、わしゃこんなの初めてじゃよ婆さん!」 「あたしだって初めてですよおじいさん!」 「それにしても夜景が綺麗じゃのぉ~、長生きはしてみるもんじゃのぉ~!」 「そうですねぇ~長生きしてみるもんですねぇ~~!」  って、お前らも幽霊も生きてねぇだろ! お前ら地蔵の漫才師か?! そうこうしているうちに榛名神社に到着し参道の鳥居の前に皆を降し、貴湖姫の姿に戻る。 「じゃ私はメメちゃんに話を付けてくるから皆さんは埴山さんに参拝してから来てね!」そう言って貴湖姫は社の奥へと行ってしまった。  辰也は三人を連れて鳥居で一礼してから手水舎へ向かう。 「じゃぁ、まず右手で柄杓を持って御神水を掬って左手にかけて禊をする。それから柄杓を持ち替えて・・・」 「ふむふむ、こうするのじゃな?・・・」  と地蔵たちが見様見真似で作法を教わる。 「あたしゃどうすりゃいいんだよ~~! 胴体持ってこなかったんだから!!」  ムッとして幸子が言う。 「そうか、ごめんごめん。じゃ口だけ漱ぎましょう!」そう言って辰也が御神水を手に掬ってろくろ首の口を漱がせる。それから四人は拝殿へ向かい参拝をする。賽銭を入れ鈴を鳴らして、“二拝・二拍手・一礼”それから自分の住所や名前を名乗り神への感謝を奉ずる。 「だからぁ~、あたしゃ胴体を持って来なかったんだってば~~!!」 「わしらも地蔵なんで賽銭は持っとらん。味噌でも良いかのぉ~?」 「いやいやいや、大丈夫ですよ神様は怒らないから。賽銭も俺が出しときますから」  参拝を済ませて社の裏手に回ると大国主神社がある。そこで立ち止まろうとすると、 「辰也さん、そこはいいよ、もうオオクニさん寝てるから。こっちこっち!」と貴湖姫が手招きをするので歩いて行くと、そこには綺麗な面面美様が一緒に立っていた。 「この人が幸子さんよ。どうにか出来るかしら?」 「どれどれ、お顔を拝見! う~ん、結構いっちゃってるわねぇ」  そう言われて幸子は少々ムッとする。 「うん、何とかやってみましょう!」  そう言って面面美様が袂(たもと)から小さな玉手箱を出した。蓋を開けると何やら怪しげな粉が入っている。土を乾燥させて細かく擂り潰した様な粉で面面美様“秘蔵の逸品”らしい。 「それでは幸子殿、顔を上げて目を閉じてください」  そう言って怪しげな粉を幸子の顔に振り掛けながら何やらおかしな詞(ことば)を唱え始めた 「♪~メメヨシ美容外科~~、🎵~面面美美容外科~~、♬~めめよし美容外科~~」  三人が噴き出すのを必死にこらえながら貴湖姫と共に様子を見守っていると、見る見るうちに幸子の顔が〈本来あるべき姿〉へと治っていった。 「はい、これで終わりです。すっかり治りましたよ!」  そう言って面面美様が鏡を取り出し幸子に顔を見せる。 「うわ~~! これが私の顔なの? 嘘みたい。本当に治ったの?夢じゃないの??」 「夢ではありませんよ。ちゃんと治りましたよ!」 面面美様にそう言われ幸子の目から涙が溢れ出てくる。 「ほー、こりゃまた随分と別嬪さんじゃのぉ~。こんなに美しいとは思わんかった、わしゃ婆さんと別れてお前さんと一緒になろうかのぉ~!」 「コラぁ~!! このエロボケ地蔵が!」 と婆さんが拳で爺さんの石頭を小突く。コツンと音がしたが、婆さんの拳も石である。思い出したように幸子が言い出す。 「あッ、私の胴体は?」 「大丈夫、神の力は無限です。見くびってはなりません、今頃胴体も“ナイスバディー”よ!」  溢れる感動の涙も一時停止し、幸子は自分の身体がどうなっているのか気になって仕方がない。逸る心を抑えきれないと言った様子だ。辰也たち一行は面面美様に心から感謝し深々と頭を下げた。そして貴湖龍の背に乗り寺へと帰って行った。  寺に戻ると幸子は、 「ちょっと待ってて!」  と言って一目散に胴体を取りに行った。 戻って来るや否や、自分の姿を皆に見てもらって確認する。 「ワ~、本当だ。ナイスバディだ!」 辰也が驚いた。 「本当に?、本当に?・・・」  幸子はあまりの嬉しさに何度も何度も皆に確認する。 「幸子さん、良かったのぉ~。これがあんたの本当の姿じゃ、本当のあんたは心の優しい良い娘だったんじゃのぉ~!」  婆さんがしみじみと言いながら目に涙を浮かべている。それを見て爺さんもうっすらと目に涙が浮かぶ。幸子は余程嬉しかったのだろう、今までの悪行や穢れた心を一気に川に流し去るように目から大粒の涙を流して泣いた。ひとしきり泣いた後でこれ迄して来た悪行や味噌舐め地蔵にしたことを皆の前で詫びた。そして晴れやかな気持ちで本心から感謝した。 「龍神様、辰也様本当にありがとう! おじいちゃん、おばあちゃん悪戯してごめんなさい。ありがとう。皆さんのおかげで私はやっと真人間になることが出来ました。本当にありがとうございました!!」  そう言う幸子に貴湖姫が声を掛ける。 「幸子殿、どうやら本当に真人間になれた様ですね。容姿だけでなく、穢れが晴れて心もきちんと“直った”ようですね! もうこの世に未練はありませんか?」 「はい、もう思い残すことは何もありません!」 「それでは、あなたを“常世の国”へ送って差し上げましょう!」  そう言って貴湖姫が腕を振ると一陣の風が吹き、幸子の姿が霧が晴れるように消えてゆく。 「幸子さ~ん、さようなら~! 向こうへ行っても元気でね~~!」  幸子も手を振りながら答える。 「さようなら~! 皆さんもお元気で~! ありがとうございました!!」  こうして幸子は常世の国へと旅立っていった。 「良かった、良かった。めでたいのぉ~!」 「爺さんたちもまだまだ元気で頑張ってくださいよ!」 「そうですとも、これからもお努めに励んでください。それでは、私からそなたたちに加護と神徳を与えましょう!」 「お~、龍神様から御加護と御神徳を得られるとは勿体ない。ありがたや、ありがたや」 「俺もまた味噌を塗りに来るから、お二人とも元気でね!」 そう言って辰也は貴湖龍の背に乗って帰って行った。  あれから半月ほどたったある日の事。よちよち歩きの子供を連れた母親がお参りに来た。子供と一緒に地蔵の体中に味噌を塗りたくってから手を合わせて祈る。 「この子のアトピーが治りますように!」 「婆さんや、この子はアトピー性皮膚炎じゃのぉ~。治してやらねばなるまいの~!」 「そうですね、お爺さん」    数年間皮膚科に通っていて一向に治らなかったアトピーだったが、このお参りの後数日で綺麗に完治した。この事を母親がママ友たちに触れ回ったために“味噌舐め地蔵”が噂になり、お参りする者が少しづつ増えてきたのである。そして今では味噌に事欠くことも無くなり、猛暑・酷暑も何のその、元気一杯に法力を振り回し人々の病を癒して行くのであった。         怪奇ファイル1 味噌舐め地蔵とろくろ首  おわり
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