ある少年の備忘録

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○月×日(日) きょうはがっこうがおやすみだったので、そとであそぼうとおもってぶらぶらあるいた。 きのうふってた雨もあがって、あおいそらがとってもきれいだったよ! 水たまりをばしゃばしゃふみながらあるいてたら、いつのまにかしらないばしょにきてたの。 そんなにたくさんあるいてないのに、ふしぎだなぁ? でもお花と大きな木とかがいっぱいで、とってもきれいだったからいってみた。 そしたら、そこはがっこうのとしょしつよりもうんと大きなとしょかんだった! ぼく、あんなにたくさん本があるの、はじめて見たなぁ! たーくさんのたなのなかに、ぎゅうぎゅうに本がつまってるの!おしつぶされそうになるくらい! ずっとじーっと本を見てたら、うしろからこんにちは、ってちょっとひくくてきれいな声がきこえたの。 ぼくがうしろをむくと、かみのけがまっ白な、かっこいいお兄さんが、まっくろなねこをかかえて立ってたんだ! きょうはいっぱいきれいなもの見つけられたなあってぼくがかんがえてたら、お兄さんがまたぼくにはなしかけてくれた!   「おや、珍しく小さなお客さんだね。今日はどんな本をお探しかな?」   「お兄さん、だれ?」   「この図書館の司書さ」   そういってふんわりとわらうお兄さんは、すっごくやさしそうで、ぼくもつられてえがおになっちゃった!   「あのね、ぼく本はさがしてないよ!きょうはがっこうがおやすみだからあそんでたら、ここにたどりついたの!」   「…そうなんだ。本は好き?」   「だいすき!おうちにお父さんの本がいっぱいあってね、それをよむのがすごくたのしいんだよ!」   「ああ、それなら良かった。ここには君の見たことない本が沢山あると思うから、ゆっくりしていってよ。君、お名前は?」   「サク!6さい!」   「サク、か。いい名前だね。こっちにおいで。この図書館を案内してあげよう」   そういってお兄さんはぼくに手をのばす。ぼくがその手をとると、いつのまにかお兄さんのうでからぬけでていたくろねこが、ぼくのよこに立って、にゃーん、ってないた。    そのあとは、お兄さんにとしょかんをあんないしてもらったよ! ほんとうにぼくのしらない本がたーくさんあって、びっくりした! ぼくがいつもよんでるおきにいりのえほんから、なにがかいてあるのかそうぞうもつかないむずかしそうな本まであったの。としょかんってすごいなぁ。 むちゅうになってたらもうかえるじかんになってて、かえりたくないなあってしょんぼりしてたら、お兄さんはまたいつでも遊びにおいで、っていってくれたの! じゃああしたもくる!っていったら、学校が終わったらおいで、待ってるよ、だって! だからぼくはきたときよりもうきうきしておうちにかえってきたんだよ。あしたがくるのがすっごくたのしみ!   ○月□日(火)  きょうはがっこうがおわって、ランドセルをかるったまんまあのとしょかんにいった。 みちをちゃんとおぼえてるかふあんだったけど、やっぱり気づいたらついてた! お兄さんは入り口にはいなくて、いないのかな?っておもってきょろきょろしてたら、くろねこがまたあしもとに立ってたの。 ちょっとビックリしたけど、お兄さんはどこ?ってきいたら、ついてこいっていってるみたいににゃお、ってないてあるきだしたんだ。 あわててついていったら、お兄さんはカウンターのところで本をよんでた。 ねこがお兄さんにすりよると、お兄さんはこっちに気づいたみたいで、にこっとわらって、ねこをひとなでして、こっちにあるいてきて、ぼくにあわせてしゃがんで、いらっしゃい、っていってくれたの!   「あそこで好きな本を読んで良いからね」 そういってお兄さんは立ち上がって、カウンターのちかくにある本をよむスペースのつくえをトントン、ってたたく。 ぼくがうん!ってへんじしたら、お兄さんはニコニコわらってカウンターにもどっていった。   それからぼくはそとがくらくなるまでずーっと本をよんでた。 たまにお兄さんがもってきてくれるひとくちサイズのチョコは、とってもあまくておいしかったよ! ちょっぴりかえりがおそくなっちゃっておかあさんにはおこられちゃっていたかったけどたのしかった!   ○月△日(日)  ぼくがあのとしょかんをみつけていっしゅうかんたった。 ぼくとおなじでほんがだいすきなぼくのともだちもつれていってあげようとおもったけど、なぜかともだちがいっしょだとぜんぜんたどりつかないんだ。 ぼくがごめんねってあやまったらともだちはいいよ、っていってくれたけど、ぼくはふしぎでたまらなかった。 だってぼくはなんどもいってるから、としょかんがないなんてことはないはずなのに。 だからきょう、お兄さんにきいてみることにしたんだ! カウンターでパソコンをしてたお兄さんに、このことをはなしてみたよ。   「お兄さん、あのね、ぼくのおともだちもここにつれてこようとおもったんだけど、ぜんぜんたどりつかなかったんだ!どうして?」   「…うーん、どうしてだろうねぇ」   「お兄さんにもわからないの?」   「わからないわけじゃないけど…それを僕が言っちゃったら、サクの楽しみがひとつ減っちゃうから」   「ぼくのたのしみ?」   「物語の結末を先に言っちゃったら、おもしろくないだろう?」   「たしかに!」    どうやらじぶんでりゆうを見つけてみなってことらしい。 むずかしいもんだいだけど、ちょっとワクワクする!みつけるのたのしそう! そうやってこうふんしてたらお兄さんはがんばれっていつものチョコをくれた。  よーし、りゆうさがしがんばるぞ!   ○月☆日(水)  きょうはいっしゅうかぶりにとしょかんにいった! お兄さんはきょうはテラスで本をよんでたから、すぐに会えてうれしくて、おもわずはしってお兄さんのところにいってあいさつしたよ! お兄さんは久し振りだね、ってニコニコわらっていつものチョコレートをくれる。ありがとうっておれいをいってたべたチョコは、いつもどおりおいしかった。   「なんで一週間もこれなかったの?」   ぼくがお兄さんのむかいにすわって本をよんでたら、お兄さんはふいにきいてきた。   「えっとね、ぼくがおかあさんおこらせちゃったから、お母さんがいえからだしてくれなくって…」   「…そう。それは大変だったね」   「うーん、いつものことだからだいじょうぶ!」   ぼくはわらいながらおしゃべりしたんだけど、お兄さんはちょっとしかめっつらしてた。 お兄さんにはいつもわらっててほしいなぁ。 クロネコがぼくのあしの上にすわってにゃぁってないててかわいかった。   ○月◇日(金)  きょうもとしょかんにいった。でもぼくはきぶんがおもかった。 としょかんからかりた本を、お母さんにやぶられてしまったんだ。 この本はちゃんとかえさないといけないのに、びりびりになっちゃった。 できるかぎりやぶられたはへんはひろったけど…。  お兄さん、おこるよね。 おこられるとおもうとこわいけど、ぼくがわるいことしたんだから、ちゃんとあやまらないと。  ぐるぐるとかんがえながらあるいてたら、いつのまにかとしょかんについていた。 あやまらないといけない、とわかっててもやっぱり足がすくむ。 あしたにしようかな、でもなってずっととしょかんのまえでつったってたら、   「サク、そんなところに立ってどうしたの?」    お兄さんがとしょかんのなかからぼくのところまであるいてきた。 いつもどおりやさしくわらってはなしかけてくれるお兄さんに、たまらずなみだがあふれだした。   「うっ…ふ、う…ひ、くっ…うぇえ…」   「おや、どうしたんだい?そんなに泣いたら目が腫れてしまう」 「うっ…ごめ、んなさ…ぼく、ぼく…ひっく」   「落ち着いて、ゆっくり話してごらん」   よしよし、とお兄さんはやさしくあたまををなでてくれた。   「…あの、あのね、ぼく、本をよんでるところお母さんにみつかっちゃって、そんなことしてるひまがあるならバイオリンとおしゅうじのれんしゅうしなさい、ってかりた本やぶかれちゃって…」   「それ、お母さんに破られちゃったの?」   「うんっ…ごめんなさいっ…」    ぼくがなきながらお兄さんにあやまると、お兄さんはにっこりわらって、大丈夫だよ、サクはちゃんと謝れて偉いね、っていってくれた。 お兄さんがゆるしてくれてあんしんしたせいか、ぼくはもっとないちゃったけど、お兄さんはぼくがなきやむまでずっとあたまをなでてくれた。 そのあとにたべたチョコはちょっとしょっぱかった。   ○月★日(水)  またひさしぶりのとしょかん。 お母さんが本をやぶった日から、ならいごとをふやされちゃって、ぜんぜんとしょかんにいけなかった。 ぼくはじょうたつがおそくて、お母さんはいつもイライラしてる。 なんでこんなこともできないの、ちゃんとしなさい、ダメな子ねって、ぼくをたくさんどなる。 お父さんがしんでから、お母さんはかわった。 ぼくにたくさんならいごとをはじめさせて、本をよませてくれなくなった。 ぼくはそのりゆうをしってる。 ぼくにたくさんならいごとをさせるのは、お父さんのお母さん、つまりぼくのおばあちゃんにぼくのそだてかたのことでいろいろいわれてるから。ぼくをすごいひとにそだてようとしてるんだ。 本をよませてくれないのは、お父さんをおもいだしてつらくなっちゃうから。 お父さんは本がだいすきで、いつもよんでいた。ぼくが本をよんでるとお母さんはそれをおもいだしちゃう。 それがわかってるのに、ぼくはほんをよんじゃう、わるいこなんだ。 ならいごともできなくて、本ばっかりよむぼくのことを、お母さんはきっときらい。 わかってたけど、きらわれてるってじっかんするとなみだがでそうになって、ぼくはくちびるをかむ。 なくのをがまんしながらぼくがとしょかんにいくと、いらっしゃい、とお兄さんがいつもどおりえがおでむかえてくれた。  でもすぐにおや、というかおをして、ぼくのめせんのたかさまでしゃがんだ。   「そんなに唇をかんでしまったら痛いだろう、どうしたの?」 そんな風にやさしく話しかけられて、ぼくは思わず、ぽろぽろとなきながら、お兄さんにお母さんについてぜんぶはなしちゃった。 ぼくがふるえたこえでつっかえつっかえはなすのを、お兄さんはせかさずに、うんうん、とゆっくりあいづちをうちながらきいてくれた。  ぼくがぜんぶはなしおえてしゃくりあげていると、お兄さんはやさしくほほえみながら、ぼくにいった。   「サク、この世には不要なものなんてひとつもないんだ。だれかにとってはいらないものは、どこかで違う誰かの役に立ってる。あるひとにとっては面白くない本でも、どこかで誰かの人生を導いてくれているかもしれない。そうやって世界はまわってるんだよ。サクだって一緒だ」   「ほんと…?ぼく、いらない子じゃない?」   「勿論。だって俺はサクがいるからいつも楽しい。俺にとってサクはとっても必要だ」   「でも、お母さんは…ぼくのこと、きっといらないっておもってる。こんなにいうこときかなくてできのわるいこ、お母さんはいらないって」   そういってぼくがうつむくと、お兄さんはおもむろに立ち上がって、いっさつの本をもってきた。 そしてゆっくりとしゃべりだす。   「サク、ここはね、普通の図書館とは少し違う。ここは、生涯で一番大きな分岐に立たされた人たちを、本のちからで助けてあげるための図書館。その人の人生を変える一冊を探して、薦めるのが俺の仕事さ」   「じんせいをかえるいっさつ…?」   「うん。だから、サクの友達はこの図書館に来ることができなかったんだ。その子はまだ生涯で一番大きな分岐に立たされてないから」   「ぼくは、いまそこに立ってるの?」   「そう。まあ、サクのような小さなお客様は初めてだったけどね。大抵、そういう分岐はもう少し大きくなってからの人が多いから」 きゅうなお兄さんからのうちあけにびっくりしたぼくがずっとしゃべらないでいると、お兄さんはクスクスとおかしそうにわらったあと、ふう、といきをついていった。   「さて、仕事を始めようか。少し名残惜しいけれど」   「お兄さんのしごとって…」   「言ったろ?本を薦めることだって。サクには、この本がいい」   そういってお兄さんがさしだしたのは、いっさつのししゅう。 ぼくはししゅうなんてよんだことがなかったから、はじめてみるものだった。 本の上にはいつものチョコがのっている。 ぼくがそろりとそれらをうけとると、お兄さんはいつものやさしいえがおで、こういった。   「つらくなったら、しんどくなったら、この本をめくって。きっとサクの力になってくれるから」   そのときのお兄さんのかおは、あったかくてやさしくて、とってもきれいだった。    それから、ぼくはなんどもとしょかんのあったところへいったけど、いちどもとしょかんにつくことはなかった。  お兄さんにも、二度と会うことはなかった。     ****** ○月×日(月)  十数年ぶりにこのノートを見つけた。懐かしいし恥ずかしいしいけど気まぐれに少し更新しようと思う。  あれから俺は母親に習い事はいやだ、と訴えた。  ぼくは本が大好きだから、ぼくから本をとらないで、とも。  今まで従順だった俺が逆らったのを見て母親は泣き崩れ怒鳴り、わめき散らした。それを聞きつけた隣人が急いで俺と母親を引き離し、警察を呼んでくれた。そのまま母親は病院へ入ったらしい。その時に罵詈雑言をたくさん吐かれ、傷ついてなかったといえば嘘になるが、彼女もそうとう沢山さん抱え込んで押しつぶされそうになっていたはずだから、多少八つ当たりされてもしかたないと思った。  そのまま母方の祖父母に引き取られすくすくと成長した俺は、司書になった。  現在は国立図書館で働かせてもらっている。  そのことを祖父母の家で暮らす母親に報告したら、素敵ね、頑張りなさいって笑ってくれた。  それからは仕事をこなしながら平和な生活を送っている。  今日、図書館に懐かしい雰囲気の人がやってきた。  あの、あの時の司書のお兄さんみたいな、神秘的な人。  でも随分昔で記憶もおぼろげだから、人違いだったらと思うと怖くて話しかけれはしなかったけど。  それでも、お兄さんにこれを報告したら、頑張ったねって褒めてくれるかなって考えて、一人で少し嬉しくなった。  明日からも仕事頑張ろう。    **********  コト、とシャーペンを置く音が響く。次いでふう、というため息とともに、パタンと本が閉じられた。  グッと青年は伸びをし、立ち上がって、たくさんの本に囲まれた部屋を出る。  簡素な机の上には、小さな本棚があった。その中で、一際古く、何度も読み返した跡がある、一冊の詩集。  彼の、命よりも大切な、詩集だ。 青年の住むアパートの塀を渡っていたクロネコが、気持ちよさそうににゃあん、と鳴いた。          『道はじぶんでつくる 道はじぶんでひらく 人のつくったものは じぶんの道にはならない   つまづいたっていいじゃないか 人間だもの』  _____相田みつを「人間だもの」より      
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