第零話 黒幕

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 そこは、首都から北西に位置する比較的大きな街。  このご時世にしては、立派な部類に入る病院の地下研究施設。  消毒薬の臭い漂う広く暗い部屋に引きこもって実験を繰り返し、何台ものパソコンを稼働させ、ひたすら資料をあさる老人の姿があった。  頭頂部の白髪はだいぶ抜け落ち、白衣に隠れた体はゲッソリと痩せ細って目は血走っていた。まるで何日も徹夜したかのような状態で、知らぬ人が見れば復讐に憑りつかれた悪鬼のようにも見えるだろう。  老人が資料を探る手を止め、パソコンの前に座ると後方の扉からノック音が響いた。彼がなんの返事もしないでいると、扉はゆっくり控えめに開き外から女性の看護婦が現れた。眼鏡をかけ長い黒髪を三つ編みにしており、その手に持つトレーには簡素な食事が並べられていた。 「『大山』先生、お食事をお持ちしました」  大山は目も向けなかった。 「……ああ、助かる……そこら辺に置いておいてくれ」  看護婦は短く淡々と返事をすると、錠剤がばら撒かれている机の上に置いた。そのまま「失礼します」とだけ告げるとすぐに部屋を出て行った。  その間際、彼女の耳へ微かに大山の声が届いた。 「あと少しなんじゃ……あと少しで奴らに一矢報いることが……」  うわ言のように不明瞭であったが、そこには憎悪が込められているようだった。
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