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「もう、働かない! やになった!」
男は女房持ちで一人の息子がいた。勤続30年というのに、何も幸運にあやかれなかった。一人息子はとうに真面目に社会へでているのだが……この覚悟である。
「何言っているの? まだ50歳でしょ。働きなさいな」
女房は呆れ果てて、ぶちぶちと言いだした。
「もうすぐ、退職金も貰えて得ばかりじゃないか!」
「いんや! 退職金なんてでないね! その前にはクビが待ってるね!」
一戸建ての住宅の大黒柱だった男は、一人息子を世に出しても、何も良いことがないのが心底嫌になったのだろう。
「あ、そう! じゃあ、あんたはただの中年ニートね!」
女房が叫ぶと、階下へとドスドスと足音を大きくして降りて行った。
「ふー、これですっきりした」
男はもうなにもやりたくはなかった。
だが、一つだけ仕事をしていた時から続けている習慣がある。それは、一日として欠かすことのない。宝くじを買うことである。
女房もそのことだけは、どうせ当たらないだろうと気にしなかった。
男は今日も宝くじ売り場に行くために、ゴロゴロとしている布団から這い出て外へと出た。
「幸運がきてくれば……俺の人生って、なんだったんだろう? 毎日毎日、単調な仕事をしたり、気が付いたらアッと言う間に二・三年も経っていたり、今まで一度も幸運が無かったよ……なんでこうなるかな?」
男は近くのスーパーにある宝くじ売り場までくると、店員に笑顔を向けて、この長い年月も欠かさずにしていた通りに、お辞儀をしてから宝くじを一枚買った。
「あなたに幸運を」
店員は初めて見る女性で、これまた美人だった。
いつも買っている売り場には、場違いなほどの神々しいオーラのようなものが辺りを包んでいた。
「へえ。綺麗なお姉さんだな。でも、俺は何もしないんだよ。宝くじを買ったらまた家で寝ているんだ」
男は決して、ふて腐れてはいない。
ただ、怒っているのだ。
そう、幸運の女神に。
一週間後。
男は新聞を開いて目を皿のようにして、紙面を見つめていた。
女房が「どうしたの?」
と、不安気に聞くと、
「当たった……」
「何が当たったのかしら?」
「当たったんだよ」
そう、一億円の宝くじが当たったのだった。
とうとう、この男にも幸運の女神が微笑んだのだ。
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