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 屋台が並ぶ一画は既に人ごみになっていた。これだけ人がいれば、アイツらと顔を合わせる事もないだろう。  並んで歩く原田は朝顔の柄の浴衣姿で、いつもはふわりと風になびく柔らかそうな髪はすっきりとアップにまとめられていて、普段の制服姿とは違った涼やかさがあった。「似合ってる」ってそれだけ言うのが精一杯だった。  そんな、たった一言の褒め言葉でも、原田は嬉しそうに少し微笑んだ。 「ありがとう。…新しく買ってもらったんだ。」  小さく笑った表情は、どこか寂しさも含んでいて。きっと水島と一緒に行くのを楽しみにして用意してんだろうと想像出来た。  水島たちの事を忘れさせてやらなきゃ、という変な使命感の元、つまらない失敗談まで披露して笑いを取っていた時だった。 「あ……」 「あ……」  これだけ沢山人がいれば隠れていられると、完全に油断していた。何でもっと周りを見ていなかったのかと自分を罵りたくなる。目の前に水島と川上がいて、もう逃げようもなかった。 「二人で来たんだね。私たちのせいで花火大会に来られなかったら、悪いことしちゃったかな、なんて話してたところだったんだけど、大丈夫だったみたいね。」  硬い口調で言うだけ言うと、川上は水島の腕に手を絡めて、人ごみの中へと消えて行った。もしかしたら、川上は“大丈夫じゃない原田”を見たかったんじゃないのか、そう思えた。  二人の姿を追いかけたかったのだろうか。隣の原田がスローモーションのように一歩、二歩と足を進めた。  少し肩を落とした原田の背中は、泣きたいけど泣くまいとしているように見えた。  その日、花火が照らした彼女の横顔には涙こそなかったけれど、心で泣いている、そんな風に見えた。  その年の花火の一番の記憶は、音でも光でもなく、人混みの中で見た彼女の強がりな背中だった。  
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