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祐貴は隣の部屋に続く側の格子の前にしゃがみ、ぶら下がっている昔ながらの錠前を開けた。パニックで糸湖は気が付かなかったが、そこには一メートル四方程度の同じ格子の扉がある。
扉を開けて糸湖に出るように促しながら祐貴が言う。
「ここは所謂座敷牢だったそうです」
「座敷牢?」
四つん這いで扉を潜り抜け解放された糸湖は立ち上がりながら大きく息を吐いた。
「大昔にちょっとした悪事を働いた村人を懲らしめるために使っていたそうです。大根を盗んだとか、酒を飲み過ぎて暴れたとか。ですが主な使用目的は村役人だった当主を守るためだったそうです。一度命を狙われたことがあって、それ以来ここに閉じこもるようになったそうだと源崎さんに聞きました」
「じゃぁ、私を守るために?」
「ええ、裏に仕掛けがあって格子が降りてくるようになっているんですよ。私が頑張って下ろしました」
祐貴は力を込めてハンドルを回すようなジェスチャーをする。凄く大変だったようで、そのしかめっ面に糸湖は笑った。
糸湖は慌てふためいてパニックになっていた自分を嗜める。
『ゆうさんがいる場所で私が危険な目に合う訳ないじゃない。源さんだっているんだし、ここではもう何も心配しなくていいんだから』
祐貴の作った朝食を頂きながら、源崎がニコニコと話し出す。
「この後、午後にでも村のみんなに糸湖さんを匿うことの了承を得てこようと思う」
「匿う?」
「しばらくと言わずずっといてもいいんだよ。村全体で糸湖さんを守るから」
「そんな……」
「実はね、昨日は家出だなんて言ったけども、桝池村の行方不明者のことについてはね、この村ともう一つの村でも気にかけてたんだよ。薄々不老不死がどうこうなんて噂も耳に入って来ていたからね。でも自分らはあの村のもんが年老いて死んでいくのをちゃんと見てるんだ。だから不老不死の人間の肉を食らうなんておかしな理由で村人が攫われてるなんて信じたくなかった。それで家出だってことにして見て見ぬふりで自分らには火の粉がかかりませんようにって生きてきたんだ」
源崎は皺だらけの顔に益々皺を寄せる。
「だから、みんなも他人事じゃないし、事情を話せば分かってくれると思うんだよ。まずは自分が話をしてみるから、そしたらまた今度二人も顔を出すといい」
そう言った源崎に糸湖は感謝しか浮かばない。桝池村の行方不明者の件に源崎は自責の念があるようだが、それは仕方のないことだと思う。防ごうと思って防げるものでもないし、源崎や他の村人にどうにか出来たとも思えない。
今、こうやって糸湖に対し親身になってくれていることが全てだ。
朝食後、源崎はしばらく休むと言って自室に戻った。
糸湖は祐貴と縁側で穏やかな風景を眺める。
言葉なく並んで座り、柔らかな風を感じながらこうしていることがとても有難く感じられる。以前なら普通過ぎて退屈だと思ったかもしれない。
でも、これはとても特別なことなのだと今の糸湖には感じられる。五体満足でこれといった病気もなく、誰かに襲われる心配もせずにぼんやりと出来る。こんな贅沢なことがあるだろうか。
今までのことが嘘のような安らぎの時間に糸湖はただただ浸った。
おもむろに祐貴が話し出す。
「ずっとここにいるのも悪くないかもしれませんね。日本から離れた方がいいかと考えていたんですが」
「うん。私もそう思ってたところ」
糸湖は大きく両手を上げて伸びをすると空を仰ぐ。
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