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「そしてあの日がやって来たんだねぇ。村に出入りして三ヶ月は経ってたかな。週一くらいで通ってたんだよ。台風がかなり酷くてね。とにかく雨が尋常じゃなかった。でもじいさんは村が心配だからと出向いて行ったんだよ。ならボクもついて行くしかないからねぇ。
ボクが桝池村に来たのはその年が最初で最後でね。じいさんがガッツリ信頼を得てたから、会えてはいないんだけどボクも長老オッケーが出て、それなりに迎え入れてもらえたんだよ。もっぱら優の遊び相手が仕事だったんだけど。あ、あの駐在さんね」
あの警察官、山田が桝池村の生き残り? 確か名前はマッチのマーチ、真彦と言ってなかっただろうか?
「とりあえず村長さんちに行って様子を伺ってたんだよ。そしたら長老の所に行って帰って来た村長が避難するって言いだしてね。長老が夜明け前に山崩れが起こるって予言したんだよ。
長老は村民じゃないんだけど、村のもっと上に一人で住んでて、とにかく自然現象を全て言い当てるんだって。雨が来るとか、風が吹くとか。野草や山菜、キノコとかの知識も凄いらしくて、ちょっとの体調不良なら薬草で治してくれるらしい。なによりお坊さんみたいな人らしくてねぇ。なんでも昔一通り悟りを開いたとかって村長が言ってた。悩み事も長老に聞いてもらうとスッキリするんだって。
で、とにかく長老の予言は絶対だから、みんなもそそくさと荷物をまとめて村の下の方にある小屋に避難したんだよ。ボクは山崩れが起きるんならそこもダメなんじゃって思ったけど、長老が大丈夫って言うからねぇ」
そして、あの瞬間がやって来たのだ。
村人の運命を大きく変えたあの出来事が。
「落ちた! 本当に落ちた! ねえ! 本当に落ちたよ!」
雨風の音で転落音もほとんど聞こえず、バスはつるりと森に消えた。炎を上げるでもなくただ粛々と死のツアーへと旅立って行ってしまった。
優の声を受けて若い男が小屋を飛び出す。男というより高校生くらいの少年に見える。
それに続いて義一郎も出て行った。こうなると古邸も行くしかない。村の男衆も二人、後に連なった。
木々は雨風に枝葉を舞わせ行く手を阻む。そんな暗闇の森の中を少年はなんの迷いも躊躇もなく駆け抜ける。義一郎と古邸は何度か足を滑らせながら、ようやくバスのそばに辿り着いた。
爆発の恐怖もあったがその少年があまりにも当然のように振る舞うので、みなそれにつられてバスに近付き中の様子を確かめる。
バスは木々の間を斜めに刺さるように転落しており横倒しの状態だった。窓ガラスは全て割れ、車体はひしゃげ、酷い有様だ。
「十人はいるか……」
「生きてそう?」
「おーい! 生きてるか!」
男衆の声に返事はない。
「全員ダメか……」
バスの中に少年が入って行く。思わず古邸は声をかけた。
「おい! 危ないよぉ!」
少年は身軽にバスの中を移動し、小さな懐中電灯を口に咥えて一人一人を見て回り戻ると首を横に振った。
「全員即死なんて、運が良いのか悪いのか」
「それじゃ俺らには何も出来ん。仕方ないな」
その通り。息があれば何かしらの行動に出る所だが、ないのならどうしようもない。せめて駐在所に知らせに走ることしかできない。
少年が再び先陣を切って斜面を登ろうと一歩踏み出した瞬間、義一郎が言う。
「入れ替わるというのはどうでしょう?」
少年は振り返り問う。
「どういう意味だ」
「この方々に山崩れにあってもらうんです」
「はぁ?」
「先生どうしたんだ?」
男衆が怪訝な声を上げる中、少年だけはその意図を理解した。
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