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「ゆうさん! あの女性もしかして赤ん坊が!」  少年は義一郎が懐中電灯で照らす女性の元へ、蜘蛛が這うように器用に素早く辿り着く。  さっきは顔しか照らさなかったため分からなかったが、よく見ると確かに女性のお腹は臨月でもおかしくない程大きかった。少年はそのお腹に手をあてる。 「動いている」 「美鶴子さんの所に運ぼう!」 「無理です。間に合いません。車を取りに戻るだけで十分以上はかかってしまいます。母親の命が絶たれてから十五分以内に取りださないと無事ではいられないと読んだことがあります」  義一郎の車はここよりずっと上、村より少し下がった林の中に置いて来た。長老がそこなら土砂に埋もれる心配はないと言ったので、そこから小屋に向かい山を下りたのだ。 「じゃぁ……」  落胆する義一郎と古邸。新しい命を目の前に何もできず諦めるのは何とも寝覚めが悪い。しばしの沈黙の後、少年が女性の脇を抱え叫んだ。 「ここで出す! 梅! 死ぬ気で走って車を取ってこい!」  本当に不思議なのだが、少年の命令に胸の昂りすら感じて古邸は軽口を叩き崖を登った。 「ボクは免許取り立てなんでねぇ。途中で落ちたら村人にしちゃっていいよぉ!」  そうして古邸が再び現場に辿り着いた時には源崎の車があり、子供と老人以外の村人も皆集まって来ていた。  義一郎は懐に産まれたての赤ん坊を抱えている。冷えないようにみんなの服で何重にもくるまれていた。義一郎を囲むように少年と村人、源崎も集まり産声を上げない赤ん坊を心配そうに見ていた。 「この子は私の責任において必ず立派に育てます」  そう言うと義一郎はみんなの顔を見渡す。すると少年が顔を上げ言う。 「万が一の時、この子を守るのは皆の使命だ」  いいな! そう訴えるように少年は一人一人の目を見る。村人、源崎、古邸、義一郎はそれぞれに頷き心を一つにした。  この時、みんなはこの赤ん坊を未来への希望の象徴のように感じたのだ。  そして義一郎と古邸は赤ん坊を連れて美鶴子の病院へと向かい、村人は源崎の車で村にバスの乗客を運び出した。 「そして、その赤ん坊はここで奥さんが産んだことにしたんだよ。拾い子として届けても良かったんだろうけど、じいさんがどうしてもって言ってねぇ。奥さんも愛おしそうに糸湖ちゃんを抱えて、そうしましょうって言ってくれたんだねぇ」  糸湖と義一郎に血の繋がりはなかった。  つまり源崎の話は嘘だった。それは村人が入れ替わった事実を隠すため、さらには糸湖を守るために義一郎が頼んだ嘘だろうから、この点においては源崎を責める訳にもいかない。  糸湖は様々な思いが渦巻く中、ぷかりと浮かんだ思いを素直にこぼした。 「私の本当のお母さんは死にたかったのかな?」  私が嫌だったの? 「それは違うわ」  美鶴子が中くらいの段ボール箱を抱えて戻って来た。 「いつか必ず一緒に取りに来るからって、義一郎さんがね」  その箱の中には薄汚れた鞄が入っていた。女性ものの淡い黄色のトートバッグ。美鶴子は鞄の中からピンク色の手帳を取り出し糸湖に渡す。それを受けて古邸が話し出す。 「母子手帳だねぇ。糸湖ちゃんのお母さんはその日に病院に行ってた。毎回一言気持ちを添えてあって、その日は『もうすぐだね!』って書いてある」  母子手帳は綺麗なままだった。糸湖はパラパラと手帳をめくる。
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