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「食べれる時にあるだけ食べるのがこのお人のモットーなんだねぇ」
「気持ちいいね! どんどんお食べ!」
美鶴子が嬉々として次から次へと何かしら運んで来る。
糸湖は蓮が食いしん坊の孫で、美鶴子が世話焼きのおばあちゃんに見えて来た。そうなると孫を連れて帰省した息子が古邸か。じゃぁ自分は従姉妹のお姉ちゃんてことにしていいかな。蓮の方が幼く見えるし。そんなふうに思うと今この瞬間がとてつもなく愛おしく思える。
ありふれた家族の風景かもしれないが、それは想像以上に貴重で、一瞬の瞬きにも似た儚いものなのかもしれない。
食後まったりしながら蓮はいつものラジオを聞き出した。糸湖はずっと思っていた素朴な疑問を口にする。
「何聞いてるの?」
「ラジオ」
「分かってるよ! 何かお気に入りの番組とかあるのかと思って」
「特に。世の中の情報さえ手に入ればいいからな。そういえば桜羽芙弥香が新しい映画の製作発表会に昨日出ていた」
「普通にお仕事続けちゃうんだ。さすがだね」
「糸湖の好きなジョニーズの雑司ヶ谷が脱退したって」
「え! 本当にしちゃったの!? 絶対頑張ってくれると思ってたのに」
「で、城竹リーダーが結婚した」
「マジ!? 遂にか!」
こんな会話でさえ何だか糸湖は愛おしくなる。
大学やバイト先で社交辞令のように交わしていたこんな会話。そんなに関心のない話題だけれど、何となく頭に入れておかないと取り残されてしまう。
正直面倒くさいのに、気付けばいつだって隙を見てスマートフォンでチェックしていた。呑気にそんな会話が出来ていたことの尊さを、糸湖は今ひしひしと感じてしまう。
これから先、そんなありふれた日常はやって来るのだろうか。
「私、どうしたらいいのかな……」
「人生見失うほど城竹リーダーが好きなのか?」
「違うよ! そんなのどうでもいいよ。これからだよ」
「どうでもいいとか可哀想ぉ」
嘘泣きでそう言いながら古邸がお茶を持って来てくれた。
「ありがと」
「不老長寿に取り憑かれた方々はまだいるからねぇ。とりあえず、こんなこともあろうかと用意してるプランがいくつかあるんだよ。ここに長居は無用だから明日朝一で発っちゃおう」
「どこに?」
「隠れ家。全国にいくつかあるんだねぇ」
「あのアパートも?」
「そう」
「何屋さんなの?」
「日本昔ばなし研究家だってば」
「それって全国に隠れ家が必要な仕事?」
「元々はじいさんが借りてたとこがほとんどなんだよぉ。フィールドワークで全国回る仲間みんなで使ってたんだねぇ」
「じいちゃんとは一緒に研究してたの?」
「そうだねぇ。糸湖ちゃんが産まれてからはボクが飛びまわる専門で、持ち帰った情報を元に沢山話したよ。お互いの仮説を語り合って飲む酒は美味しいんだねぇ!」
そっか、と糸湖は嬉しくなった。楽しそうに語る義一郎が容易に想像できたからだ。
「ねぇ、〈じいさん〉て呼ぶのはやっぱりイニシャルの?」
「いやぁ、単に爺さんだからだねぇ。イニシャルで呼び合う話はいつだったかじいさん言ってたんだよ。だから糸湖ちゃんのこと〈あいさん〉て呼ぶんです、って。信頼の証です、ってニコニコしてたねぇ」
『じゃぁ、ボクのことも〈Uさん〉て呼んでよぉ』
『梅さんは梅さんですからね。それにこれは親子の秘密の呼び名なんです』
『秘密バラしてんじゃん!』
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