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ぽろりと無意識にこぼれた糸湖の言葉に祐貴は少し目見張って言う。
「どうしてそう思われるんですか?」
「え? だって、その、殺すのが目的ならわざわざ攫うなんて面倒なことしないかなって。生きてる私に何か用があるのかなって」
「なるほど! 糸湖さんは中々洞察力が深いですね。頼もしい限りです」
糸湖はテヘッと頬を赤らめ嬉しそうに肩をすくめた。
「でも、そうなると昨日の空き巣は私を狙う奴とはまた別なのかな? 目的がじいちゃんの研究なら私なんかより、それこそゆうさんとかの教え子や研究仲間に聞いた方が早いよね」
昨日に引き続き義一郎のことを〈じいちゃん〉と呼ぶ糸湖を祐貴はスルーした。年の離れた親子だ。きっとそう呼ぶのが普通だったのだろうと思う。
「そうですよね。〈見つかったら最後〉なのが糸湖さんだとは限りませんよね。研究の中で発見した何かなのか、結果行きついた何かなのか、それを糸湖さんが知っていると思っているのか……」
もしかしたらそれが原因で義一郎が命を落としたのかもしれない。
そんな重大な何かとは何なのだろう?
糸湖は改まって姿勢を正し、今まで誰にも言えなかった心内を伝える。
「実は、私、父は事故死じゃない気がしていて」
「それはどういうことですか?」
祐貴は微かに肩を強張らせ、視線を鋭くした。
勘の域を脱しないその推測を糸湖は語り、義一郎の最後の言葉も伝える。
「ゆうさん以外は信じるな、って」
「教授がそんなことを……」
「父は福井県今庄市というところで亡くなったの。ゆうさん、父がそこに行った理由、何か心当たりある?」
祐貴は首を捻り唸った。
「……これといって」
糸湖も祐貴も箸が止まり重い表情になる。
「あんた仕事は?」
蓮がそんな空気はおかまいなしな質問をした。
祐貴は落ち着いた様子で蓮を見ると、興味ありげに自分を見ている糸湖とも目を合わせコテンと頭を垂れた。
「今は無職なんです。たまに頼まれれば臨時で塾の講師や家庭教師なんかを……ずっと大学で講師をしていたんですが前期で契約が終了しまして。今期はどこにも採用されず……民俗学って人気ないんですかね? いや、私の力不足です……」
俯いたままぶつぶつと自虐的に呟く祐貴の姿に糸湖は可笑しくなって吹き出した。
「ご、ごめんなさい! でも、そのおかげでこうやって来てもらえたんだから私的にはラッキーかな」
糸湖の笑顔に祐貴もつられて笑顔になる。
そんな二人の反応は無視して蓮は質問を続けた。
「歳は?」
「三十です」
「どこに住んでる?」
「今は福岡です」
「生まれは?」
「大分の竹田です」
「結婚は?」
「ちょ! 蓮君、失礼よ」
矢継ぎ早の質問攻めに糸湖は蓮を睨んだ。普段一切喋らないくせに何なんだ、と感じてしまう。そもそも蓮はここに居る必要はないし、糸湖の問題には何の関係もない。
すると蓮は『知りたくないのか?』と書いた顔で睨み返して来た。
糸湖の視線が祐貴の左手の薬指に向かう。
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