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「何!?」 「ごめんなさい!」  謝ったのは芙弥香だ。  その声でようやく糸湖は気付く。  芙弥香の持っていたトレーがひっくり返り、カレーと豚汁が糸湖のスカートにぶちまけられていた。  太ももが熱い。 「火傷してるんじゃない!? 何か冷やす物、あぁ、私の控室に来てちょうだい! 着替えも用意するわ!」  ドタバタとした中、謝罪の言葉を口にしたのは芙弥香だけ。  こうなった要因は場と状況を弁えず芙弥香の周りに押し寄せた学生たちなのに、彼らは片付けもせずその場から散り散りに去って行った。  それならまだしも(いま)だにスマートフォンをかざしている者もいる。 「さぁ、こっちよ」  糸湖は自分で直に足に触れないようスカートを抓み、芙弥香に促されるまま歩く。  蓮は当然のようにそれに続き、祐貴は学食の従業員に頭を下げ後始末をお願いした後、動画を取り続ける生徒に一瞥をくれ糸湖たちの後を追った。  芙弥香の控室に入ると糸湖は有無言わさずバスルームに通され、水で足を冷やすように芙弥香から言われた。  その物言いはまるで娘を心配する母親のようで、糸湖は益々芙弥香が近しく感じ胸は熱く高揚した。  祐貴と蓮はソファーに座り大女優の控室を見回す。とは言っても大学の施設なので特別な何かがある訳ではないが、何だかいい香りがする。それだけで心地よさを感じてしまう。  ハンガーラックには煌びやかだが品の良い衣装がいくつも並んでおり、贈られた花々と共に部屋を華やかに映していた。持ち込んだであろう加湿器にディフューザー、ルームシューズやクッションも学校の物ではない。  極めつけは床に敷いてある、おそらく本物の豹皮のラグだ。こんなものまで持ってくるのだから、大きなトランクが三つもあるのも頷ける。 「どうぞ。私の特製エナジードリンクよ」  芙弥香は自らグラスに注いだ綺麗なピンク色の炭酸水を二人の前に置く。当然このバカラのシャンパングラスも持ち込みだ。 「市販の物よりお肌にいい成分がたっぷり入っているの」  そう言いながら芙弥香は蓮の頬にそっと触れる。蓮は無表情のまま視線だけを芙弥香に向けた。 「なんて滑らかでしっとりしてるのかしら。男の子なのに。若さに勝るものはないわね」  妙に艶めかしい芙弥香の声色に、祐貴は自分がされている訳でもないのにドギマギしながらぎこちなくグラスを手に取る。  それでなくとも憧れの大女優が同じ部屋にいるのだから緊張も一入だ。 「い、いただきます!」  祐貴が飲み干し、美味しいと嬉しそうに芙弥香に話すのを見届け、蓮もグラスを持った。  糸湖が用意されたバスローブを着て出て来た時に祐貴と蓮の姿はなかった。 「火傷は大丈夫?」  芙弥香が心の底から心配げに近寄って来てくれる。 「は、はい。少し赤くなってますけど平気です」  そう言いながらもキョロキョロする糸湖の様子を察し芙弥香は言葉をかける。 「あの二人なら食堂の片づけを手伝ってくるそうよ。申し訳ないわね、私のせいで」  言葉通りの大女優の微笑みに糸湖は再び心疼き、不思議と癒されるような感覚になる。
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