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数日前。
いくつもの蝋燭の灯火が映し出す部屋は北欧の宮殿を彷彿とさせる。
クリスタルで装飾されたシャンデリアは蝋燭の灯りを反射して濡れたような潤んだ輝きを魅せつけていた。シックな深みのあるブルーグリーンと金の織り成す壁紙は、それらの閃光を浴びて思わせぶりに空間を満たしている。
その中央にある重厚なテーブルには美しい花々と、それ以上に美しさ際立つ女がいた。
真紅の口紅に真っ赤なドレス。芳醇な胸元からくびれた腰、さらに形の整ったヒップへのラインは芸術的とも言える。
女の前には鉄板からパチパチと脂を飛ばすステーキが運ばれた。
女は二口三口と肉を頬張り、ムシャムシャと咀嚼するとフォークを思いっきり投げ飛ばす。
「全然ダメじゃない! ダメよ!!」
赤ワインの入ったグラスを壁に投げつけ硬質な破壊音と共に立ち上がった女は、さらに花を鷲づかみにして床に叩きつけると肉汁にまみれた唇を歪ませ、獣の呻き声が如く喉元深くから言葉を絞り出す。
「生じゃないとダメなのよ! こんな……こんな死んだ肉じゃ意味がないの!!」
女が肩で息をしながら壁を睨みつけていると扉が乱暴に開き、存在感の薄い男が入って来た。
「見つかりました!」
男の大きな声に女は苛立ちを隠すことなく声を荒げる。
「食事中よ!」
「す、すみません……一刻も早くお知らせしなければと……」
「何事」
「例の娘が見つかりました」
「なんですって!」
女は目を剥き一変して表情を嬉々とさせた。
資料を女に渡しながら男は続ける。
「都内の大学に通う二十歳、住まいは文京区です。人を雇って明日にでも攫わせます」
女は資料に目を通しながら無邪気な笑顔を見せる。
「この大学確か」
「はい、今度特別講師をする大学ですが」
「やはり天も味方しているのね。私にいい考えがあるわ」
そう言うと女は口元の肉汁をペロリと舐め、快楽に酔いしれるかのように微笑んだ。
糸湖は疼くような痛みを感じて目が覚めた。
そこは妙に眩しかった。それは部屋全体が明るいという意味ではない。キラキラと瞬く閃光がやけに眩しくて目を開けるのに躊躇するほどだが部屋自体は薄暗い。
「痛っ!」
あまりの眩しさに手をかざそうと腕を動かした瞬間、チクリとした痛みを肘の内側に感じた。
何がどうなっているのか確かめようとするが腕が思うように動かない。手首に抵抗を感じる。足首にも。
「えぇ!?」
自分の置かれた状況の異様さに驚き、脳がようやく覚醒しだす。
糸湖はその部屋の中央、やや高い場所に寝かされていた。
眩しいのはシャンデリアの一つ一つが瞬く光で、糸湖の顔の真上にある。深いグリーンと金色の壁紙、ヨーロッパのお城のような内装。
そして自分が寝かされているのはテーブル、おそらく大きな食卓だと思い至る。それもオレンジ色のフワフワなワンピースを身に纏い、両手足を拘束されて。
拘束具は革の手錠で鍵はついていない。そこには頑丈な鎖が繋がっていて机の下に垂れており、その先には大きな鉄の塊がある。
四肢合わせて四十キロ以上あるその鉄の塊と鎖を抱えて走ることが出来たなら、糸湖は一瞬で自由になれる。あるいは十キロ程度の重さをビクともせず腕を動かせたなら手錠を外すことは可能だ。
しかし、その重さに足ですら容易に動かせない糸湖にとって、自分にそんな中途半端な自由が与えられているなど考える余地はなかった。
そして左肘の内側には注射針が刺さっていた。点滴でもされているのかと思ったが、針から伸びるチューブは赤く下に垂れている。
輸血……? そう思った直後、これは採血だと糸湖は気が付いた。
しかもちゃんと赤く見えるということは静脈ではなく動脈からだ。そう認識した途端、糸湖は身体が痺れるような感覚をハッキリと自覚した。
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