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「まずは脂身の少ないあっさりとしたところがいいわね」  バイキングのデザートに目移りするかのように糸湖を眺める芙弥香。 「中身は最後よね。やっぱり手首……足首、脹脛辺りからかしら」  芙弥香は屈託なく無邪気な笑顔を見せると、糸湖の足元に行きワンピースの裾をひらりとめくった。  反射的に足をビクリとさせた糸湖だったが何の抵抗にもならない。 「でも一口目は柔らかくて口溶けが良い方が食欲が増すわ」  それは楽しそうに芙弥香はクルリと身を翻した。その美しすぎる微笑みに糸湖は意識が飛びそうになる。  自分が食べられる。しかも生きたまま。  そんなことが起こるなんて考えたことなどなかった。結果、殺されることになるのだろう。  ……ならば。 「どうせなら殺してから食べてよ!」  芙弥香は初めて糸湖の言葉に反応した。 「生きてなきゃ意味がないの。死んだのを三つも買って食べ続けたのに効き目がないんですもの」  何を言っているのか理解することを糸湖の心は拒否し始める。  芙弥香は続ける。 「新鮮なうちはお肌の調子が良くなったの。ハリウッドに呼ばれた時よ。世界三大美女の楊貴妃役にこの私が選ばれたのは、東洋で一番美しいのは私だとハリウッドが認めた証だわ! 私は三十一歳だった。美しさは若さと比例しないことも私は世界中に知らしめたのよ!」  誇らしげに胸を張りメスをかざす芙弥香。シャンデリアの(またた)きが映りキラリと光を放つ。  糸湖はそんな閃光にももう反応できなくなっていた。  芙弥香は興奮気味に頬を染めると、糸湖のドレスの胸元をフォークですくう。  そしてメスを持つ右手をオレンジ色のシフォンジョーゼットへと華麗に滑らせた。  露わになる糸湖の胸。  その果実のような膨らみと、きめ細かな肌に芙弥香はうっとりとした溜息をつく。 「美味しそう……」  込み上げる唾液を口元の血液と共にペロリと舌で舐めあげる芙弥香。 『狂ってる……』  糸湖は現実から離れて行く心でそう思った。  メスを持つ芙弥香の右腕は高く掲げられ、糸湖の胸に向かって突き立つ準備は万端だ。 「これで永遠は私のもの! 世界中が歓喜しているわ! この美貌を失うのはこの世の損失だと! 私こそこの肉を食べるに相応しいと!」 「誰も喜んでなどいない! ババア!!」  激しく響く声と扉の音。  一瞬部屋中の何もかもが止まった。  芙弥香は声の主にゆっくりと顔を向け、何とも不可解な表情で呟く。 「……ババア……?」 「蓮君!」  蓮の姿を捉えた糸湖は急激に感情が昂り、涙が込み上げて来る。  芙弥香は止まったままの表情で唇だけを動かす。 「……私が誰だか分かっているの?」  蓮は扉を開けたままの姿勢で、無表情に芙弥香を見て言う。 「昔の栄光に縋っている落ち目の女優、桜羽芙弥香、五十歳」 「四十九よ!! この美貌が理解できないの!?」  蓮と芙弥香は睨み合っていた。  蓮は小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべ、芙弥香は怒りと恐怖が混ざったような顔をしている。
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