サクリファイ

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大手出版社のデジタルノベルスのケースから一枚を選んだ。その作品は取り分け気に入っている。「サクリファイ」のタイトルに悲壮なBGMに、それと灰色続きの薄暗い背景。俯きがちなアニメキャラクターたちが二次元で様々なリアクションを物語に沿って演じている。 PCのディスプレイを流れる文章は、オートで頭の中に入りだし、自宅で思わずリクライニングシートで映画を読んでいるかのようだ。 真上にある照明で、「サクリファイ」の表紙を注視していた。 昔は皆、紙でできた本であった。 けれども、紙の本は2032年にすべて消えてしまったのだ。 何故か子供がいなくなった感じだ。 あの子がいなくなった。 おれはそう思った。 昔はおれは作家だったのだ。 今では作家ではなくシナリオライターが活躍する時代だ。 おれは作家の道では食っていけないと知ると、AIで管理されたアンドロイド企業へ入社した。いつも腹から力がスッと抜けるような喪失感を抱いていた。 唯一の慰めが、このデジタルノベルスだ。 中でも、この「サクリファイ」はおれの喪失感を慰めてくれる。 無人レジを済まして外へ出ると、人混みの中。一人歩いて行く。 恋人もいなくなった。 午前6時に起床し、午後10時に帰宅。 こんなおれには、彼女も消えた。 休日はまぐれ当たりのようなものだった。 自宅へ着く前に、食事は道すがら所々の壁面にある。種々雑多な料理と飲料水の自動販売機で済ます。建造物の壁面にでかでかとワイドスクリーンで観る調理される様の映像は、美味そうでいいが、カードを挿して洒落たガラスのコップと料理の盛られた皿を受け取り、近くのテーブルへと運んで一人で食べるだけ。 そこでも、無人だ。 人口自体が少ないのだ。 恋人はそんな都会にも愛想をつかしたのだろう。田舎へと帰っていった。 これで何度目だろう。 紙の本が犠牲になったのか、読者が犠牲になったのか、それとも、作家が犠牲にならなければならなかったのか。 今でもわからないんだ。 でも、なんらかの犠牲はつきものの。古きものを捨てて、新しいものが芽生える未来とはそういうものなのだろう。
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