あの日の貴女に逢いたい

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 『あらぁ泣いてるの?私みたいな美しい 花がすぐそばにあるのに?泣いてないで、 私を見なさい、ほら。』  町を横断する川のほとり。満開になった 桜のしたで泣いていると、綺麗な振り袖が 目の端に映った。顔をあげると、薄い桃色の 着物に身を包んだ絶世の美人がこちらを心配 そうに見下ろしていた。  「…桜。」  『あら?あらあらまぁまぁ私が見える人? 嬉しいわ、嬉しいわぁ!私って美しいのに、 誰も私を見つけてくれないんだもの!』  花がほころぶように笑う姿は、まるで少女 のようにあどけない。  この女性は桜の精。毎年この辺りの桜が 満開になる頃に現れて、咲き誇る自分を人々 に自慢する美女だ。  『私が見える人間、とっても貴重だわ! ねぇお友達になりましょう?貴方名前は?』  「…桃。」  『あら生意気な名前ね。私は桜の精よ。 名前は…どうしようかしらね?』  「桜。」  ん?と女性がこちらを見る。口をついて 出てきたその名前は、彼女の本体そのままの 捻りがないものだ。彼女はそれが自身に向け られた名前の案だと知って顔をしかめたが、 すぐにパッと笑った。  『そのままね!いいわ、なんだかしっくり くるし。私は桜よ。そう呼びなさい桃!』  「…うん。桜。」  応えると、満足そうに桜は頷く。  『うんうん!あら、ところで桃。貴方 なんで初対面で私が桜の精だとわかったの? ‘桜’っていったわよね?』  「…綺麗だったし、色味が桜だったし。」  『まぁまぁ、つまらない推測ね。でも 誉めてくれるのは嬉しいわ!この着物私の なんだけど、素敵でしょ?お気に入りよ!』  そう言って桜は銀の糸で刺繍が施された 振り袖をふわりと揺らして喜んだ。その 刺繍は今自分が持っているバッグとお揃い だと言うことに、彼女は気づかなかった。    
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