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人ごみで賑わう
⑶
ひと月後、七夕の日、会長は早朝から商店会事務所で大売り出しの準備をしていた。
買い物に来てくれる客のため、昨日から七夕の短冊を商店会一同でたくさん用意し、竹も近くの山から何本か造園業者に頼んで切ってもらっている。久しぶりのセールの準備は整った。
商店会の人たちは、わくわくしていた。
ほとんどの店が10時開店なのだが、今日は1時間早くオープンして客を待つ。
すると、ざわざわとした大勢の人が集まる気配と話し声がしてきて、いつのまにか狭い商店街の通りは、歩く人でいっぱいになっている。
かつての賑わいがよみがえったかのようだ。
客たちは気前よく(と言っても商品単価の低い店しか残っていないから、大した金額ではないが)買い物をしていく。
店頭に立って商店街の喧騒を見ていると、会長は自分が若かった頃を思い出し、胸がいっぱいになった。
あの頃は、一緒に店を切り盛りしていた妻も元気だったし、息子も素直で可愛かった。希望に満ち満ちていた……。
⑷
人ごみの中に、もう何年も前に家出してしまった息子の姿が見えた気がして、会長は店から通りに飛び出した。
あわててあたりを見回すが、息子の姿はなかった。
見間違いか…… あいつが帰ってくるはずはないな、と会長がぼんやりその場に立ち尽くしていると、
「ご満足いただけましたか?」
そう背後から声がしたので、会長は振り向いた。
あの夢見屋の男が立っている。
「ああ、満足だ」
会長は深いため息をついて、お礼を言い、用意していた現金を渡すために店に戻ろうとした。
すると、男は首を振り、
「お代は結構です。実はある方から、もう頂いています」
と言うではないか。
「ある方?」
「あなたのご子息から」
「そうなのか! ……あいつは? どうしてる?」
「お元気で働いていらっしゃいますよ」
「そうか……。もう二度と帰って来てくれないだろうな。でも、いいんだ。最後にこんな親孝行してくれるなんて……」
会長の目はうるんでいた。
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